SP小説 | ナノ
「飲み会だって。行くでしょ?」

研究室で声を掛けられて、ようやくパソコンから顔をそらした。

「うーん、でも…」

気になる卒論制作、そして来週に迫った前期試験。それらを理由に誘いを断ることは簡単だ。それと同時に行きたいな、とも思う。一日中この部屋にこもっている鬱憤も晴らしたい。まあいいか。別に強制されてここに残っているわけでもない。夕食を済ますと思えばそれでいいわけで。

うん、行こうかな。

返事をしかけてそこで立ち止まる。その飲み会にはきっともれなく広末そらも参加するだろう。今までの流れだったらそうだ。もともとは彼女たちと仲良くしていたのは彼。私は広末そらと話すようになったおかげでこの人たちとも関わるようになったわけで…。

「行こうよ」

喉に引っ掛かったままの返事を後押しするかのように彼女はもう一度私を誘う。ちらつく広末そらの顔。
一旦ぎこちなくなった関係は簡単には修復できないようで、私たちは未だに妙な距離感のままだ。顔を会わせたらきっと気まずいだろう。しかしもしかしたら、これをきっかけに前のように話が出来るようになるかもしれない。テストも近い。いつも通りノートという話題もある。話さえできれば何かが変わるかもしれない。行きたいような、怖いような。相反する感情に揺れる。

「…さっきから全然はかどってないみたいだし?」

にやり、と手元を覗き込みながら彼女が笑う。

「……。行ったら彼氏に怒られるんじゃないの?」
「えー、今日は急に当直になったから、行ってもいいって言うと思うし」
「俺意外のヤツと呑んでんじゃねーよ、とか言いそうじゃない?一柳さん」
「エミちゃんと一緒って言えば大丈夫だよ。エミちゃん信頼されてるんだよね、昴さんに」
「何それ、私保護者じゃん」

楽しそうに笑う彼女を見て思い直す。何も別に広末そらとの関係だけが全てではない。友達と話をする権利は私にもあるんだ。誰にこねるわけでもない屁理屈を並べて納得させると、じゃあ行くかな、と彼女の保護者的存在という大義名分を掲げ重い腰を上げた。





…やっぱり、来なきゃ良かったかも……。


分かりやすく沈む気持ちを出来るだけ顔に出さないようにグラスを傾ける。酔えたらいいのに。賑やかなこの雰囲気に同調するように私も楽しめたらいいのに。

酔えない。

ぐだぐだと巡る思考を断ち切るように結果を強く確認すると、解決策は自ずと明白になる。

…呑もう。

単純なことだ。手元のグラスをとりあえず呑み干して、それから近くの、持ち主の見当たらないグラスを掴んだ。

いつもの居酒屋。久々の召集に多くのメンバーが集ったのは、皆同じように缶詰め生活に嫌気がさし始めていたせいなのか。必要以上に弾けているようにも見える室内で、私は相変わらず空気に溶け込み切れずにいた。

楽しそうに隣の女の子と話す広末そらがグラスを通して少し歪んで笑う。案の定来ていた彼とは、結局皆が出来上がった今になっても会話どころか、目すらまともにあわせることができないままだ

「あれ、エミちゃん、グラス空じゃん。何呑む?」

ちょうど店員を呼んで注文をしていた男子が声をかけてきた。なんでもいい。飲み物なら。そんな投げやりな感情のまま、今まで握っていたグラスの中身と同じものを注文する。

「…あ、そうだ。エミちゃん、第二外国語って仏語?」

注文を終えた男子が空いていた私の隣に座りこんだ。

「え?ああ、うん」
「まだノートって残ってる?」
「……探せばあると思うけど」
「俺再履なんだよね。貸してもらえん?」

もやっとした。お礼するし!と両手を会わせる彼は別にイヤな人でもなんでもない。今までに何回かノートを貸したことだってある。

「………」

頼むよ、ともう一度手を合わされた。気乗りはしないけれど、断るだけの理由もない。

「いい……」
「加藤、お前再履何回目だよ!エミちゃん、ノート貸したって!!」

大きな声で私の返事がかき消される。部屋の対角線にいた広末そらがこちらを向いた気がして居心地が悪い。よりによってなんでこのタイミングで。いや、たかがノート。別に私のノートは広末そらに貸すためだけのものじゃないわけで、後ろめたさを感じる必要なんてないんだから。

気を取り直して再度返事を仕掛けたところで、再び先を取られた。

「あ、そらもじゃん?来週テストだし、エミちゃんにお願いしとかんと!」
「は?そら、テスト1科目だけって言ってなかった?いい加減自力でなんとかしろよ」

ぎゃははは、と酔っぱらい達が笑う。笑えない。この部屋で笑っていないのはきっと2人だけ。


prev next


back
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -