SP小説 | ナノ
急にクリアになる意識。ああ私、今男の人に抱きしめられてるんだ。理由はよく分からないけど。なのにイヤだと思わないのは、……多分普通じゃない彼の心理が垣間見られたから、かな。

……どきどきしてるのは、なんでなんだろう………。

簡単に答えの出そうな質問を、あえて回りくどく屁理屈つきで考えてみよう、なんて思いながらもう一度静かに彼の香りごと空気を吸い込んで。

……あ、あれ……。

広末そらの肩越しに無造作なまま棚の上にのせられた一枚の写真が見えて、意識の半分がそちらにうつった。古ぼけた写真。小学校のときの集合写真だろうか。それにしては身体の大きさがばらばらで、学年が混じっていそう。いかにも小学生未満の子もいるし、あ、中学生かなんかもいるじゃん。……この大人たちも、先生っていうか、なんだかこれって。

昔見たテレビドラマの設定が浮かんだ。なんだっけ、なんていうタイトルだっけ。思い出しながらくまなく写真をなめまわす。この距離でははっきり顔までわからないけど、きっとあの真ん中あたりでピースしてるのが、

「あ………」

私の視線の先に気がついた広末そらが小さく声を上げた。腕の一本が背中から離れたな、と思ったら、その手が写真に伸ばされて。

「……昔の写真だから、さ」

力なく首筋で呟いて、その写真を伏せた。

「………」
「………エミちゃんまだ酔ってる?」
「………酔って、」
「………」
「……る、と思う」
「そっか」
「……うん。ベロベロ。呑みすぎた」
「ははは」
「明日は二日酔いでなんも覚えてない、と、……思うよ。きっと……」
「……やっぱ優しいね、ほんと」

ふ、と一瞬2人の身体が離れて、広末そらが小さく笑ったのが見えて。優しくなんてないよ、って反論しようとした言葉がそのまま彼の中に消えた。

さっきからずっと踊り狂ったように跳ねる心臓は、もう麻痺して感覚がおかしくなっているんだろう。ああ、これがキスか。なんだろう、唇ってこんな感触なんだ。柔らかくて、ぬるくって……。

私とこの人の関係がどうなってそれからこうなって、とかそういう模範手順的なことをずっと大事にしてきたはずなのに。なんだかそんなこと形式ばったことはどうでもいいんじゃないか。だってこれが現実で、私を抱きしめる腕も、頬を撫でながらうなじを髪ごと掬いあげる手のひらも、伺いながらそっと角度を変える唇も、とても穏やかで。そして優しい。

だから、私は、勘違いをしたのか。

正直、簡単に抜けないアルコールも手伝って、身体はどんどん熱くなる。ぬくもりがこんなに甘い媚薬だとは知らなかった。時々漏れる2人の呼吸に色がつく。

雑然とした部屋のラグの上に沈む身体。瞑っていた目をそっと開いて広末そらを見上げれば、その瞳はただただ黒くて。光を背負ったせいだと、逆光のせいだと、その時はそう思った。

「…………」

無言のままの広末そらと目が合って、それが合図になった。頬から首をつたい、鎖骨を撫でながら肩…と落ちてくるぬくもりに、身体が奮えるのを感じる。

言葉以上に相手を知る手段があるんだ、なんて奢った考えを、どうして私はしたのだろう。

まだ何も相手をしらないくせに。





90分の講義中、一度もこちらを見ない瞳。あの一瞬から二度と私たちの視線が絡むことはない。
翌朝の気まずさは恥ずかしさの延長なんだと言い聞かせて。距離が近づいて、私たちは、私は、彼にとってきっと特別だと心を躍らせて。

「…………」

何度巻き戻してもこの距離の理由が見つからない。交わって重なって点が線になった、というのは間違いか。




Can Pass Fever.
(けれど醒めない熱の理由は、わかっている)

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