SP小説 | ナノ
「…あれ?そらさん、今日って確か」
「んあー?あ、海司か…おっす、お疲れ」
「うっす。……そらさん、今日って」
「んー?」
「しせ……」
「ああ。うん、そう」
「……………」

海司くんの言葉に被せるように返事をした広末そらは、テーブルに突っ伏したまま交差した腕の一本をひらひらと降って、後輩の退場を促している。

「……じゃ、ほんとほどほどにしてくださいよ」
「おー。オレまだまだ大丈夫だし」
「いや、だめでしょ。……じゃ、エミさん。俺バイト入るんで」
「あー……うん……がんばってね」
「ウッス」

私の期待も虚しく、体育会系らしい返事を残して彼はスタッフルームへ消えた。
残された2人。交差した腕を枕にした頭を無言で見つめつつ、小さく溜息をついた。

…このまま閉店までここにいるのも無理だし…。

どうしようかな、と考えを巡らせたところで、くぐもった声が聞こえた。

「……場所変えて、二次会しよっか」
「え?」

私の返事を待って、広末そらはようやく顔をあげた。服のしわが赤い頬にくっきりとついている。「痕ついてない?」と、頬をさすりながら向かいの私を見据える彼は、見覚えのありすぎる笑顔を浮かべ、アルコールのせいで据わっていた目も、いつのまにか光を取り戻していた。

……でも、なんか……。

胸に引っ掛かった。何かが違う。夕方見せたあの姿の理由も、さっきの海司くんとの会話の向こうも。何も見えてこないけれど、きっと全て関係しているんだろう、ということだけは分かる。

何がこのひとを……?

放っておけないという親切心と、もう一歩踏み込みたいという詮索と。……それと、もう一つ。なんだか離れ難いと思わせる人恋しさが複雑に絡み合って。




「どこ行く?決めてるの?」

会計を済ませて店の外へ。次の季節を予感させる、少し湿気を帯びた生暖かい風が身体を舐めた。

「……オレの部屋」
「え」
「あ、その前にコンビニ寄って行かないと。今冷蔵庫ビールも入ってないんだよねー」
「…………」

これまでに何度も部屋には行った。たいていは海司くんも呼んだりと、誰かが一緒にいたけれど、2人きりで呑んでいたことだってある。それなのに。

……なんか……。

心臓がどくどくと力強く波打つ。

『好きなの?そらのこと』

急にリフレインした先日の彼女の言葉に急かされて、出て行くべき息が渋滞しているかのようだ。苦しい。

「行こうよ」
「あ、う、うん」

何を1人で妙な違和感を感じているのか。
動揺を悟られるのも恥ずかしくて、平静を装って口元に笑みを作った。

「………行こ」

すでに数歩先を歩き始めていた広末そらが大きく一歩足を戻して。

「……あ」

無意識のうちにきゅっと拳を握りこんでいた私の手首を掴む。

少ししか違わない背から見下ろされた瞳と目があった。まるで「逃がさない」とでも言われているようだ。何も言えなくなってしまった。掴まれた手首を引かれるままに歩き出す。

初めて触れた広末そらの手の平は思っていたよりもずっと大きくて、固い。こんなに華奢なのに、私の手首を簡単に一周してしまうんだな、なんて、なぜか冷静な脳の一片が分析する。

「………ごめん」
「………」

私たちの隣を車が通り過ぎる。風を切る音に混じって、小さな呟きが聞こえた。

1人になりたくないんだ。

聞き返すことも出来ないまま、半歩前を歩く広末そらの様子を伺う。頬から耳とうなじでは、彼がどんな顔をしているかなんて分からない。




Can Pass The night.
(彼は男で、私は女で)


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