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「好きなの?」


カフェ、という名前のついた、どうみても学食にすぎない空間。そっけないテーブルとイスに腰掛けていた私の心臓は、そのたった4つの音の質問に一瞬にして汗を吹き上がらせた。

「……は?」
「は?って、……そらのこと、好きなの?って聞いたんだけど」
「………………は……?」
「…………」

4回生に上がる前の春休み。シュウカツ、という言葉が周りでちらほらと聞こえるこの時期、営業しているとはいえ学食はがらんとしていて。研究室を抜け出してきた私たち以外は、部活動の休憩中らしき人たちや、修論に忙しい院生がちらほらといるだけにすぎず、質問が聞こえなかったフリをするには少々無理があると思われた。

「えーっと、それは、私が、っていう、こと、……ですか?」
「なんでカタコト!」

あっはっは、と向かいに座る彼女はその綺麗な顔をためらうことなく崩して笑った。そのおかげで間の空気も少し和らいだように思えて、ほうっと小さく息を吐く。

「エミちゃん以外に誰がいるっていうの……」
「えーっと……」

彼女は上体を軽く揺らしてから頬杖をつきなおした。真っすぐ見据えられる瞳は挑戦的に私から焦点を外さない。長い睫毛、丁寧に整えられた眉。白くて健康的な肌に映える、品のいいパステルカラーのメイク。明るかった髪はおとなし目にシフトしていたけれど、私には美人度があがったように見える。以前、講義室で広末そらと並んで座っていたときよりも、ずっと。

「……聞いてる?」
「あ、ごめん。聞いてるよ」
「図星つかれて言葉出ないのかと」
「何それ。違うよ……見とれてたんだよ」
「は?」
「きれーだな、やっぱりって」
「な、」

素直に白状すれば形勢は逆転し、頬を染めて彼女は照れた。
笑う私の肩を、冗談やめてよー、と手の平で押し返す。本気だよ、なんて反論しながら私たちはもう一度声を合わせて笑った。

ノートのレンタルをするうちに、いつの間にか広末そらの周りにいる人たちとも話をするようになっていた。グループ、というのは大学生になっても健在で、それまで特に固定した人と一緒にいることがなかった分、きっと傍目から見れば私はいわゆる彼の周りの「その他大勢」の新メンバー。
広末そらが“エミちゃん”、だなんて呼ぶものだから、周りも同じように私を下の名前で認識する。とはいえ、派手な集団にただでさえ群れることが苦手な私。温度差に戸惑う私を気にかけてフォローしてくれていたのが、この彼女で。

いまどきの綺麗な子。
派手なタイプは取っ付きにくい、なんて思っていた私の警戒心を少しずつ崩して入り込んで来た彼女。最初はこの人も「その他大勢」のうちの1人かと思っていた。

慣れた手つきで、頬にばらけて落ちてきた髪の束を彼女はさっと耳にかけなおした。その右手の薬指に光る指輪。瞬間、私の脳に浮かぶ顔は、広末そらではない。

「あ、ちょっとごめん。メールだけ返しちゃうね」
「うん」

いつの間にか、いや、最初からだったのか。
彼女は「その他大勢」のうちの1人、ではなくなっていて。

いち早く「その他大勢」から卒業した彼女に私が少しずつ気を許したのも、そして彼女が私に興味をもった理由も、もしかすると同じかもしれない。

「…………」

かちかちと器用に動く指先までもが美しく見えて、ああ、美人って隅から隅まで美人で構築されているんだな、なんて思いながらペットボトルのお茶を一口流し込んだ。

隣の建物から楽器の音が、窓の外から武道館の天井を抜ける竹刀の音が響く。それから、かきーん、という金属音。ガラス越しの日射しはあたたかい。その先の空気はまだ肌寒いくせに。ぼうっと空を見上げた。

「ごめんごめん」
「いいよ、彼氏さん?」
「うん。仕事終ったら大学寄ってくれるって…」
「愛されてるねえ……」

いつの間にか彼女は広末そらの隣に座ることをやめた。詳しい理由は聞いていない。2人の関係が一体どういったものだったのかも、それを詮索することは無粋にも思えたし、なんだか聞きたくもなくて。ただ、彼女の隣には今、とにかく格好いいスマートでクールな彼氏がいる。この目に見える事象だけを素直にインプットした。

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