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2人でご飯?


なんだか突拍子もない展開で、頭が上手く回転しないうちにそれは決定してしまった。

じゃあ、連絡先教えてよ、というスムーズな流れで広末そらに携帯番号とアドレスを聞かれて。……そして私も同じようにアドレス帳に彼の名前を登録した。

無機質な携帯電話が一気に重みを増した気がする。結局食事の詳細も教室で直接顔をあわせてしたから、未だに着信履歴に彼の名前はないのだけれど。


約束を終えると用もなくなって、広末そらはもといた陣地に戻っていった。誰?とか、何繋がり?だとか、そんな声が周りのがやがやとした雑音に混ざって耳に飛び込んでくる。広末そらがなんて答えるのか。妙に気になって耳を澄ませた。いつも通り、席についてカバンを漁りながら。

「えー?ああ、ノート借りたんだよね」

………。

間違っていない。当たり前の回答。
それでもなぜか、心臓がグッと圧迫された気がした。




「すいませーん、生おかわり」

耳から首から、さらにその下の襟ぐりまで、見えるところは全て真っ赤になっている。

「ちょ、もうそろそろやめた方が」
「え?オレ?まらまら全然平気らって」
「でも真っ赤だよ?ろれつも…」
「大丈夫大丈夫…」


大学の目の前の焼鳥屋。周りは大学生ばかり。アルバイトの店員も見たことのある人がちらほらといて、そのこともあるのか広末そらは安心し切ったように酔いつぶれた。

「あーあ…そらさん、また潰れてるし…」

ビールの入ったジョッキを持ってきた店員がとうとう突っ伏した広末そらの肩を揺らす。

「そらさーん、おーい。そらさーん……彼女困ってますよー!」
「え?あ、彼女じゃな……」
「あー…海司ぃ…お前今日バイト、か…」
「今水持ってきますから。…ホラ、こんなみっともないとこ見られたらフラれますよ」
「うるせーよ……うにゃ…」
「………」

最後に言葉にならない声を出して、それ以降彼はもう喋らなくなった。大丈夫、と言っていたほんの数秒後に潰れた彼を、私はただ凝視することしかできなくて。ただ呆然としていた私に気がついた海司と呼ばれた店員が、少し申し訳なさそうに頭をかいた。

「あー…、彼女さん。こうなったらもう、そらさん起きないっすから…。どうすっかな…」
「いや、私」
「俺、今日はもうすぐアガリなんで、担いで連れて帰りますから」
「あ、うん。そうしてもらえると…」
「家についた後はよろしく」
「え?……は?!」

彼女じゃない。友達…というにもまだそんなに親しくないけれど、とにかくこのやけにガタイのいい後輩らしきアルバイト君にそれを伝えると、何度か「またまた!」と大袈裟に笑ってから、ようやく納得してくれた。

「あー、じゃあ、俺があがるまでそらさんのこと頼んでいいですか?」
「あ、うん。大丈夫」
「すいませんね、こんな人で」
「あ、……うん。びっくりした、けど」
「そらさん、酒めちゃくちゃ弱いくせにやたら飲みたがるんすよね」
「そうなんだ…」

すやすやと気持ち良さそうに眠る広末そらをじっと見つめながら、確かに楽しそうに美味しそうにビールを飲んでいたことを思い出した。

「……本当に彼女じゃないんですか?」
「は?」
「いや……だって珍しいから」
「え?」
「そらさんがこうやって女の子と2人きりで呑みにくるって、ありそうでないんですよね。何人かで、とかならあるんですけど」
「へえ……」
「だから、とうとう身を固めたのかなーとか」
「あはは。……違うよ。私は……」

私は、ノート繋がりなだけだし。

答えようとした言葉が口の中でくぐもった。ちくっと、胸が痛い。

「………」
「……?あ、やべ。大将が睨んでる……じゃあそらさんのことお願いしますね」
「あ、うん」

慌ただしくカウンターの中に戻った後輩くんを見送って、はあ、と溜息を一つ。

ざわざわとした店内は忙しなく動く。それにひきかえ、眠ってしまったこの隣の男と話し相手もいない私。まるで自分たちの周りを縁取りしたかのように切り取られた無音の空間が妙だ。さっき感じた胸の痛みはまだ余韻を残している。

頬杖をついてじっと寝顔を見つめた。

……幸せそうな顔しちゃって……

ふっと、頬が緩んだ時だった。
ぐにゃり、と彼の顔つきが変わる。苦しそうに歪められた眉間に、何かを耐えるようにくいしばる歯。

一瞬の変化。
それはすぐに再びもとの寝顔へと戻っていく。

「………」

頬杖から顔を少し浮かせたまま広末そらの顔を注意深く見つめたけれど、何事もなかったかのようにもう変化することはなくて、少しだけほっとする。

いつも楽しそうで笑った顔しか知らなかった、けれど。


Can Pass a Look.
(焼き付いてしまった、その表情の意味を知りたくて)


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