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賑やかで薄暗い店内のカウンター。少し足の高いイスは硬めのクッションで、いつまでたっても落ち着かない。…イスのせいにしたら駄目か。落ち着かないのはきっと、隣で楽しそうに笑いながらビールをあおる彼の存在のせい。




「エミちゃん」

その日もなんら普段と変わりなく、講義前に空いた席を探そうと首を伸ばした私に、もうすっかり聞き馴染んだ声がかけられた。

「あ、広末くん」
「オハヨー」

昼食後だ。なんて返そうか一瞬迷ってから、どうしたの?とだけ答える。

彼がさっきまでいたらしい場所には数人の女の子。他にも男子が何人か残っているけれど、女子の視線はこちらを向いていて、彼女達が誰を欲しているのかは一目瞭然だ。

「…どうしたの?」

突き刺さるような視線の向こうでの会話が容易に想像出来てしまって居心地が悪い。とはいえ、彼が私の名前を呼んでくれて、そしてこうして会話をしているというこの状況はなんともくすぐったいような、浮ついたような。
少し前までは考えられなかったわけで、別にとりわけ特別な感情を抱いているわけではない、と…自分に言い聞かせるように確認しながらも、やはりどうしたって心は跳ねる。
相反する感情が混ざりあって、こういう時にどんな顔をしていいのかわからいまま、結局口元は半笑いで頬はひきつれていた。

「ノート返そうと思ってさ。ありがとー」
「あ、ああ…どういたしまして」

広末そらはカバンを探ると、貸してあった数冊のノートを取り出した。

「いやー、ホント、マジで助かったよ。これで明日からのテストもばっちり!」
「バッチリって…もう前日だけど。…一夜漬け?」
「オレ、記憶力は結構自信あったりして…」
「あはは、そうなんだ」
「そうそう。それだけが取り柄」

そう言って笑う彼に私はふふ、と笑みを返す。そんなことない、いつだって、さっきまでも、そして今だって、誰かがまわりにいる。そういうのだって君のいいところだよ、なんて思っても、もちろんそんな恥ずかしいことを伝えるだけの度胸があるわけでもなく。

「あ、そうだ。ノートのお礼しないと」
「え、いいよ。そんな」
「いや、よくないっしょ。エミちゃん、俺の留年回避の救世主だし」
「大袈裟。…って、まだ進級出来るかとかわかんないじゃん」
「このノートのコピーがあれば大丈夫大丈夫」
「……」

広末そらは、そうだなー、と腕を組みながら1人勝手に話を進めていく。

「あのさ、テスト終った日とか、なんかある?メシとか、どう?」
「ご飯?」
「そっ。オレのオゴリ」




「でさー、ひどいと思わない?それからまわりにまで女装が趣味の変態みたいな目で見られて…」
「う、うん。災難だね…」
「エミちゃん、マジでそう思ってる?なんか適当じゃない?」

そんなこんなで無事テストも終わり、私は誘われるがままにこうして彼の隣で食事をしているの、だが。

なんか結構酔っぱらってるけど、この人大丈夫なんだろうか…。

「へべれけ」という言葉がぴったりの広末そらはいつもに輪をかけて楽しそうに笑う。本当ならばもうお酒はやめたら、と止めるのが優しさなんだろうけれど、酔いが進むにつれてより私への態度も親しみが込められたものに変化しているのを感じて、なんとなくそれを躊躇してしまっていた。

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