自分の根底の浅はかさに嫌気を感じて、振り払うようにノートを開く。自分の世界に入り込んで、余計なことは考えないようにしよう。そうでもしなければ、ますます自身を嫌いになりそうで。
…イライラする……。
先週の講義の黒板の写しを読み返しても内容が頭に入ってこない。何をしているんだろう。ただノートを取るだけで真面目に勉強してます、なんてことにはならないのに。ああ、何をしても自分はぱっとしない。
深く頬杖をついた。
手の平の中で下唇を噛み締めて、そのまま溜息を逃がし無表情を決め込んでみる。
消えない胸のもやつきに、一瞬瞼を閉じると、再び腹部のだるさが蘇ってきた。
あ、そっか。苛ついているのは生理のせいか……。
体調のせいにしてようやく気持ちに折り合いをつけて、再びノートに意識を戻したときだった。
「わっ。すげー!めちゃくちゃキレイにノート取ってるんだね」
「え?」
「それ、先週の分でしょ?」
一つ空席を挟んだ隣から覗き込むようにして広末そらが笑っていた。
「え……」
「ノート。これあったら授業聞いてなくても全然オッケーって感じ」
「えっと……」
「今度ノート貸してよって頼むかも。確か他の授業もいくつか被ってるよね」
「…………」
後からよく考えてみれば、ほぼ初対面のこの男にずいぶん失礼なことを言われたと思う。それでも、私の存在に気付いてくれていたというだけのことが嬉しくて、そんなことは吹っ飛んでしまっていた。
「う、うん」
他にあと5コマだよ、と心で答えながら平常心を演じて返事をする。
「講義でわかんないとことか、教えてね」
「わ、私、ただ黒板写してるだけだし」
「えー?謙遜しなくてもいいじゃん」
「や、謙遜じゃないし…」
「オレ、朝弱くてさー。二度寝が日課なわけよ……」
ちらっと、脳裏にこの間の綺麗な女の子が浮かんで、胸に小さな痛みを感じた。あとから彼の遅刻の原因がそればかりではないと知ったものの、私の中でジリッとした根拠のない感情が生まれた瞬間だった。
「ノートくらい、別にいくらでも……」
「え?まじで?めっちゃいい人!ね、名前なんていうの?」
「………」
「あ、オレ、広末そら」
知ってるよ。
心の中で呟きながら私も自分の名を返す。
「そっか、エミちゃんっていうんだ。同級生のよしみ。よろしくねー」
幾度か遠目で見たことのある、整った顔立ちから慣れた様子で繰り出されるウィンクとともに、私の名前が紡がれた。
響きが違う気さえする。
なんだか自分の名前じゃないみたい……。
頬が少し熱くなるのを感じて、必死でそれを隠すように平静を装って。そんなことをしているうちに講義のはじまりを告げるチャイムが鳴った。
Can Pass Point.
(まだ点にすぎない。けれど確かに交わった、点。)