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お腹が重い。
眉間から額にかけてがぼうっと熱い。熱がないのは分かっている。ずっしりしているのはお腹だけではなくて身体全体だ。痛怠い毎月のこの期間、できることならば部屋で布団にくるまってじっと過ごしていたい。それでも容赦なく訪れる1限の講義のあの先生は、90分間の間、私に理由なく睨まれて、少し気の毒かもしれない。


「………」


次の講義室に移動して席を確保してとりあえずトイレに駆け込んで。憂鬱な一日の中で一瞬の清々しい気分で教室に戻ると、目的の席には違う人がいた。


…あれ?部屋間違えた…?


入り口を一歩下がって講義室番号を見直して、間違いないことを確認して、もう一度部屋の中をのぞく。そこには確かにオレンジの頭が楽しそうに笑っていた。


「…………」


席に近づくと、机の上にはやはり私のカバンが置いてあって。それなのになんで広末そらがここに座っているんだろう。まあ、後ろにずらっと彼の友達が陣取っているから、ここに来たってだけだろうけれど。


「おい、そら!」

「え?……あ、ごめん!これ、キミの?」

「あ、ああ。うん」

「ごめんねー」


友人にせっつかれて立ちすくむ私にようやく気付いて、屈託なく笑いながら広末そらはベンチタイプの座席をそのままスライドして奥にずれた。


「俺の座るとこ、取っといてくれてもいいじゃん」

「だってお前いつ来るかわかんねーし」

「それは1限だけだってー」

「日頃の行いだろ」

「あ、そういうこと言っちゃう?」


賑やかでテンポの良い会話が私のまわりを飛び交った。なんだか温度差がやけにはっきりしていて居心地が悪い。彼らは暖色。私は黒ずんだ青緑色。オーラの色が見える人が近くにいたらきっと笑う。

他に空いた席もあるけれど、きっとこの人はここに居座るだろう。誰かと一緒でないところを見たことがないもの。彼はいつも輪の中で笑っている。


こんなに近くにいるのにまるで別世界だ。意識しすぎてどこを見たらいいのかわからない。とりあえずカバンから講義に必要なものを取り出して、しかしそれでは間が持たず。仕方なくカバンの中をかき混ぜた。

気軽に誰とでも関わることのできる人だろうし、きっと私が、私こそが話しかけさえすればそこから会話が始まるのかもしれない。そうすれば何かが変わるのかもしれない。私が変えたい何かが。


…そんなことができるなら、とっくにこんなことで悩んでないし…。

一瞬芽生えたあわよくばという邪心を突き進めるだけの勇気も持たない私は、目線だけを寄越すことすら出来ず、ただ耳だけを傾けて彼らの会話に参加することしかできない。

おそらく、たった数日前に私に話しかけたことすら彼は覚えていないだろう。彼の生活の中で私の存在は立ち止まるほどの価値もなく、ただ流れの中ですれ違う通行人同士のようなものにすぎないのだから。
そんな事実を自分にいい聞かせながらも、胸の奥の奥の、そのまた奥で卑しく主張しようとする、「向こうから話しかけてくれるかもしれない」という期待。それがなんだかすごく安っぽい感情に思えて、どこから生まれ来るのかわからないプライドに障った。



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