公安小説 | ナノ
書類の散らばったデスクは別に、居心地の悪いものでもないはずの見慣れた光景だ。これは日常の一コマ。しかも自分のテリトリー。それなのにどうだ。

………なんだ、この居心地の悪さは。

思い出すのは、あの時のアイツの顔。知らなかった。あんな顔もするだなんて。

………そんなに悩ませていたなんて、なあ……。

判を押そうとして決裁書類を押さえたままの左手に目が留まる。これで今日何度目だろうか。

「……そうはいってもなあ」

一服したい。そんな欲求を、すでにぬるくなった缶コーヒーで流し込んだ。
煙を吐き出すように息を吐いて、焦点があわなくなったコーヒー缶の向こうに、アイツの顔が見えたような気がした。目を丸くして、驚いたあとに決まって見せるふにゃりと目元を緩めた………

「癒されるんだよなぁ、アイツのあの顔は……」

大人数の中にたった二人の女子。いやでも目立つその存在に加えて、アンバランスな根性と未熟さとは彼女自身が持つ危うさとして、つい手を添えたくなってしまう。初めはそれを、親と子のような感情ではないかと思っていた。寝顔を見て、抱きしめたくなるほどかわいいと思う幼子への親心と、同類の感情だと、………思っていたのに。

誰に見られているわけでもないのに落ち着かなくて、結局屋上へ出た。ベンチに腰かけて、角のつぶれた箱から一本取り出して、火を点ける。吸い込んで、白い紙の先に緋色が移ったのを感覚で感じて、それからひと呼吸。

「はあ………」

変わらない煙たさに包まれて、感じるのは新鮮な違和感。まだ拭えない身の置き所の定まらない感覚。
背中を丸めて左手を顔の前で凝視する。―――正確に白状すれば、左手の薬指である。

……こんなもん、で、アイツにあんな顔させちまったんだなあ………。

若いから、とかきっとそれは関係がないのだと、経験がそう思わせた。あの時のアイツの顔は、しっかり女だったから。

参ったね、こりゃ。

煙草を咥えて、頭を抱える。我ながらおっさん臭い。けれど、そんな俺を丸ごと。俺自身の中に飛び込んできてくれたから。「こんなこと」で「あんな顔」をさせたくない。

「……痩せるか………切るか……?切る……いや、痩せる、だな」

左の薬指で鈍く夕日を反射した指輪を見つめて、それからもう一度。
深く吸い込んだ息を細く吐きながら、遠くで深い青の混じった橙の空を見上げた。


気が付けば消えていた、居心地の悪さ
(すっかり毒されてやがる、年甲斐もくそもねーなこりゃ)


 


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