芸恋小説 | ナノ

部屋に戻ると、投げるように身をソファに沈めた京介くんが天井を仰ぎながら深く溜息を吐いた。ソファの背に後ろからもたれかかってそんな彼の様子を伺う。疲労の原因が恐らく身内だろうと思うと申し訳ない。


「…疲れた?」
「んー?まあ、ね」
「…お父さん、愛想なくてごめんね」
「そりゃそうでしょ。大事な娘がどこの馬の骨かわからない男のものになるかもしれないのに。怒鳴られなかっただけマシなんじゃない?」

そういうと京介くんは首にきっちりとおさめてたネクタイに指を引っかけた。

「どこの馬の骨って…もう」
「一磨とか義人と違って、一般的な俺のイメージ考えたら、お父さんの心中は穏やかじゃないと思うよ?」

お父さんだけじゃなくて、山田さんもだね、と自嘲気味に笑ってから、引っ掛けた指を左右に小さく振ってネクタイを緩める。小さい頃仕事から帰宅した父がしていたのと同じ仕草。別に初めて見るわけでもない。なのになんだかどきっとした。

「ん?どうしたの?」
「や……あは」

ネクタイを緩める姿にどきっとしました、なんてありがちなことを素直に伝えられるわけもなく、あいまいに笑って誤摩化そうとしたけれど。

「……何?もしかしてこういうの好きなの?」

少し振り返るようにして私の顔を覗く京介くん。えー?と、相変わらず誤摩化しを決め込んで笑ってから背もたれに顔を埋めた。新しい革の香りがする。

「こらエミ」

咎める意志の全くない音色で京介くんが私の名前を呼びながら腕を伸ばす。添えられた手に導かれる私の頭が京介くんに寄り添うように引き寄せられた。

「だって、京介くんのネクタイしてるとことか新鮮なんだもん」
「そんなことないでしょ。色んなとこで着てるよ」
「それは衣装でしょ。こうやって、」
「プライベートで、ってこと?」
「…うん」
「…やっぱり好きなんじゃない、スーツにネクタイ」
「え、そんなことないって」
「へえ…?あ、そうか。ネクタイを緩めるのが好きなのか」
「だから…」
「……それってあれ?そのあとそのままスーツ脱いで…って次のこと期待してる?」
「ななな!ないない!!」

添えられた手の力が一気に強まって、ぐいっと2人の間が狭まった。頬に感じる吐息がなまぬるい。

「…ふうん?そういうこと想像してるんだ」
「だ、だから、違うってば!」
「そんな真っ赤なまま否定しても説得力全然ないよ?」

そう言うと京介くんはちゅ、と目のすぐ上に唇を軽く押し付ける。まるで条件反射のように胸に広がる愛おしさが全身に満ちていった。

「そんなとこにいないでこっち来て座ったら?」
「あ、う…」
「その方がキスもしやすいし」
「え」

背もたれに預けた身体を起こしかけたまま止まった私に、京介くんはさらに続けた。

「せっかくだから、ネクタイ外したりシャツのボタン外したり…させてあげようか?」
「け、結構です!」
「え?遠慮しなくてもいいのに」
「遠慮じゃないよ!」
「へえ……じゃあさっき俺がネクタイ緩めた時に何考えてたの?」

あんな物欲しげな顔を、と言いかけた彼に被せて、思わず切り返す。

「お、お父さんが!」
「え?お父さ…」
「お仕事から帰ってきて、ふいーって溜息つきながらそうやってたなーって」

その時は別にどきっとなんてしなかったけどね、と一番大事な部分は胸にしまったまま。

「お父さ……」

しばらく表情を固めた京介くんが思い直したように口元に弧を浮かべた。あ、なんか企んでる。そう思った時だった。

「…………ひゃ!」

ぐいっと、私の脇の下に彼の腕が滑り込んできて、そのままぐいっと身体が持ち上がった。

「きゃ……!」

どすん、と一気にソファを乗り越えて落とされた私の身体の下には京介くんがいる。

「な、何す…」
「ん?これからするんだけど」
「な、にを……うひゃ!」

咄嗟のことに直すことも忘れたはだけたスカートの中で、もぞもぞっと彼の膝が動く。意識的なその動きに無意識な声が上がった。


「…ちょ、ちょっと!京介くん!」
「何?」
「何、じゃなくて、…って、あっ」
「エッチな声…」
「や、ん……も、もう!」


明らかに意図的にスカートの中で遊ぶ彼の膝を押さえ込んで抵抗する私の腕をなんなく取り上げた京介くんは、そのまま私を引き寄せる。

「わっ」

自分の胸に勢いよくしなだれこんだ私のことを、ふ、と目を細めて笑った彼はそれまでの強引さを全く感じさせないくらい優しく私の背中を撫でた。そんなことだけで簡単に出来上がってしまう。私は単純だ。単純に、この人が大好きで大切で。


「…………」
「エミ?」
「うん……?」
「こうやって、ずっと、」
「うん」
「………愛してるよ」
「………うん」

私も、という返事は彼の中に溶けて消える。近づいては離れ、離れては触れて、何度目かのキスの合間に、どちらともなく再び視線を絡ませた。





(これからこの先も)

end
20110603


 


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