芸恋小説 | ナノ

そっと顔の角度を変えて、その合間に薄目を開けた。目の前で揺れる長い睫毛は、そんな俺に気づいたのか。そっと、ゆっくりと持ち上げられて。

「……!」
「……っ」

一瞬、視線がぶつかりほぼ同時に息を呑んだのだと思う。恥ずかしさと申し訳なさと、それから格好悪さを感じながらも、それを悟られたくない一心で。余裕を演じようと、小さく笑みを浮かべて、そしてさらに深くエミさんの唇を貪った。

引き寄せるようにして両肩に添えていた手を滑らせる。めちゃくちゃに触れてしまいたくて、でも壊したくなくて。相反する感情が昂ぶるのを必死で抑えつけながら、彼女の首筋を通って柔らかい髪をかき混ぜ、そして頬を撫ぜながらもう少し、強く深く唇が触れるよう、顔の位置を変えさせた。

「…は、……ん、ぅむ……」

エミさんが唇の隙間から漏らした吐息が艶っぽいから―――。

(あかんて、そんな声出したら…!)

どうしたって、手のひらに力は入るし、もっとこの人を感じたくなる。唇の端をそっと舐め、それを合図に、俺は一気に彼女の咥内に侵入した。





「松田くん、私と話してるときに、いつだってふたこと目には『慎はもうすぐ来ます』とか、『慎がいなくてすいません』とか言うんだもの…」
「や、だってそれは!エミさんが、アイツのこと好きなんやって思ってたからで」
「だからなんでそうなるの?!」
「そやかて、エミさんかて、アイツのこと良く話にも出すし、かわいがってたし」
「そりゃ、かわいいのはかわいいよ。後輩だもん!」
「…それに、アイツのことは、……」
「……なに……ちょっと!途中で言うのやめないでよ!もうこうなったら全部暴露してってば!」
「ああ、もう!慎のことは名前で呼ぶくせに、俺のことはいつまでたっても苗字にくん、付けやし!差があるって思ってもしかたないやないですか!……って、俺、こんなんめっちゃかっこ悪……!」

子どもみたいなヤキモチ。エミさんにせかされるようにまくしたてられて、思わず白状してしまったけれど、言ってからあまりにガキっぽくて凹んだ。

「あ、あの……ご、ごめん」
「や……まあ、実際俺が思ってたことですし、しゃーないですけど……」
「いや、そうじゃなくて……あの…」
「なんですか、俺も白状したんやし、エミさんもちゃんと言うてくださいよ!」
「…意識してないと、松田くんのことばっかり目で追っちゃいそうで……!」
「え?」

思わぬ一言に間の抜けた声が出た俺に、恥ずかしいと、言うよりもわかりやすくエミさんは耳まで顔を染めて俯いた。

「ちょ、エミさんタンマ!それあきませんって」
「へ?」
「その顔、ヤバイ……むっちゃ、かわい……」
「な……!からかわないでよ!」





「な、なに…?」

シーツに背を沈めた彼女が、怪訝そうな声を出した。ほんの数週間前、旅館でやりとりしたお互いの会話と、あの時のエミさんの表情や焦った様子、自分の余裕のなさを思い出して口元を緩めた俺に気づいたんやろう。

「や、ちょっと思い出し笑い……」
「なに、それ」
「俺らのすれ違いってなんやったんかなって思って……」

俺の言葉に、エミさんもほんとだね、と笑った。

「でも、まさか慎之介のこと好きだって思われてるとは思いもしなかったわ…」
「でも俺が慎とくっつけようとしてるって思ってはったんですよね?」
「そうそう。そんなんされたら、脈なしだーって凹むし…松田くんが慎、慎って言うたびに傷ついてたんだからね」
「ははは。俺かて、エミさんがさばさば接してくれはる度に、あー、俺ただの後輩なんやなー、慎は特別やのになーとか、慎とは仲良さそうなのになーとか、悶々してたんですよ?」
「…松田くんは落ち着いてるし、優しいから、……もしかしたら私の気持ちにも気づいてて、でもはっきり断ったらかわいそうだから慎とくっつけようとしてるのかな、とかも考えてたんだよ、私」
「なんやそれ!俺そんな器用なことできませんって!」

2人でひとしきり笑った。エミさんの柔らかい手のひらが差し伸ばされて、俺の髪をくしゃっと掴んだ。

「……ずいぶん長いこと遠回りしちゃったね」
「そうですね……あの時、勢いでエミさん押し倒してなかったら、ずっとすれ違ってたままやったんかな……」

俺の冗談めいた呟きに、エミさんはふふっと小さく笑みを漏らした。

「好きだよ、松田くん」
「……!」
「私が好きなのは、ずっと松田くんだったんだよ」
「エミ、さ……」
「……ずっとずっと、ずっと好きだった………」

好きで、大好きで大切で。愛していると言えばこの感情が相手に伝わるのだろうか。膨れ上がった気持ちは大きくなりすぎて、そんな簡単な単語では伝えきれない、と思ったりもしたけれど。エミさんの放った一言は、確かに俺の胸にストレートに届いた。

(やっぱり、このひとにはかなわんわ……)

「俺かて、ずっとずっと、ずっとずっとずっとエミさんが大好きでした。これからだって、……ずっと」

エミさんは優しく微笑んで、そして閉じた瞳から一筋、涙がこぼれた。頭上のスタンドのオレンジの光を取り込んだそれを俺は、星屑のようだなんて思いながら、唇を寄せ、彼女を腕の中に閉じ込めた。





触れ合う肌全てでつながりたい。
(たった174cmの小さな、けれど深い宇宙に君を連れて行くよ)













 


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