芸恋小説 | ナノ

ポケットの中が震えた。取り出したスマートフォンは先日機種変したばかりの新しいものだ。使い方はまだ若干ぎこちない。設定もいじりきれてないから、使い心地もイマイチだ。メールが来たというのに、それが誰からなのか、開いてみるまでわからないのだから。

誰だろう、どうせマネージャーか一磨あたりじゃないの?とか思いながらメールのアイコンをタップして、ん?と画面を食い入るように見直した。

「……誰?」

見覚えのない平仮名が三つ。誰だっけ、これ。思いだそうとして面倒くさくなって、途中で諦めて大人しくメール本文へとたどり着いた。

「………ああ、あの子か」

派手に動く絵文字やスタンプと一緒に言葉で甘えてくるその内容を読みながら、いつだったか、この子と寝た夜のことを思い出した。

その日は特に面白いこともなくて、面白いことというよりむしろ、つまらなかったというべきか。いや、どちらでもないのかも。俺には関係がないことだ。エミちゃんと歌番組で一緒になって、相変わらず一磨が世話をやくように話しかけていた。翔は嬉々として近づいていったし、亮太もなんだかんだ言いつつ楽しそうにかまっている。興味がなさそうにしている義人だって、普段よりは少し口数が多かったんじゃないかなって。そんな感じ。俺にはいたって関係ないし、まあいつも通り、軽いノリで話はあわせていたんだけれど。

一つ一つにきちんと感情を丁寧に込めた言葉で返すエミちゃんの姿を見ていたら、なんだかシラケてきた。おいおい、別にそんなにいい子ちゃんしなくて良いんじゃないの?にこにこにこにこ、笑ってるけど、それ、本気なワケ?

まあそんなわけで、別にいたって普通な感じで仕事は終わって、それでその流れで打ち上げになって。

相変わらず一磨が隣をキープして、紳士な対応してるから、まあ彼女はまかせておけばいいか、俺までちやほやする必要もないしねって、落ち着いたバーの店内を見回した時、目があったんだっけ。

目が合ったっていうか、多分俺のことちらちら見てたっていう感じ。俺が顔をあげれば自然に視線がぶつかる、みたいなシチュエーションを、彼女は作ってたんだと思う。

まあ、わかってて、それにノるのも、悪くないかな。実際美人でスタイルもよかった。喘ぎ声も色っぽくて、そそられたのも事実。

淫らでいやらしくてなまめかしく艶っぽい彼女の裸体と、あの時の湿った空気と、生臭いほどに人間じみた匂い。そんなものを思い出した。

「いーオンナだったな、確かに…」

少しだけ唇が上向きに歪んだ。

次のベッドインをねだるような、いや、そんな直接的にはもちろん書いてないけれど要はそういうことだと思う。

「いーオンナだったけどね……」

俺にあなたをもう一度抱く気はさらさらないよ。二回目があったら勘違いして調子のるでしょ。俺のこと手に入れた気になってるんだろうね。

「だけどバカなオンナ……」

昔こんな感じの歌があったような気がする。歌詞はうろ覚え。確かかなり売れたヒットソングだったと思う。そんなもんだ。時間がいろんなことを滲ませてしまう。ひとの記憶なんて適当なもんだ。こんな風に俺らが歌ってる曲だって使い捨てるように消えていく。

人の気持ちだって、簡単に変わっていくし、記憶だってそのうち曖昧になる。本気で好きになったことがないのか、なんていくつか前のドラマでセリフを読んだ気がするけど、何本気って。所詮他人、そこに絶対なんてないし、本気とか、嘘気とか、そんなの関係あるわけ?俺は信じない、信じる気もさらさらないよ、愛なんて。




愛なんて、ない。




そう告げたら、エミちゃんはどんな顔するのかな、なんて。急に彼女の顔を思い出して、……そして再び唇が歪んだ。


 


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