芸恋小説 | ナノ

抜けるような青空。東京よりもずっと澄んだ空気。平日の真昼間の山間部の遊園地は人もまばらで。

「ね、松田くん!次はあれ乗ってみよ!」
「え?どれですか?」
「あれ!動いてすぐに最高速度になるやつ!」
「また絶叫系ですか?!」
「ほらほら!はやくはやく!」

エミさんは俺の腕を掴んで先を急がせる。楽しそうに笑いながら。勘弁してくださいよ!と嫌がって、でも仕方ないな、と彼女の希望を受け入れるのが、

「はーい!オッケーです!」

……そういうフリをしてほしいっていうのが、番組制作サイドの希望。

「行けますか?少し休んでからでも良いですよ?」
「えーっと…俺は大丈夫やけど…エミさん、少し休みます?」
「……うん、ちょっと……続けて5つ、ジェットコースターは…きつ…」
「そうですよね。一回休憩入れましょうか」

ディレクターの一言で他のスタッフの空気も緩んだ。ほっと、小さく息を吐くエミさん。

「そこのベンチ座っててください。俺なんか飲みモン持ってきます」
「え、大丈夫だよ」

慌てるエミさんに、俺も一服したいんで、と告げて自販機へと急いだ。



今日の収録は、特番モノ。男女のデートを意識した設定だ。大人の二人というくくりのエミさんと俺が、あえての遊園地。同い年なのになぜか若者のくくりにされた慎と、アイドルのアキちゃんがアウトレットで買い物デート。夜はお互い合流して、同じ温泉宿で一泊、温泉と料理を楽しむ…という旅番組。

「お茶とコーヒー、どっちがええですか?」
「松田くんはコーヒーでしょ」

笑いながらエミさんは俺の手からペットボトルのお茶を受け取った。

「はー…生き返るー」
「ほんま、大丈夫ですか?なんかちょっと顔色も…」
「うーん、…夕べあんまり寝られなかったんだよね」
「寝不足ですか…集合時間、早かったですもんね」
「……ガラにもなく、緊張しちゃって」
「………」

エミさんは、青い空を見上げたまま小さく呟いた。

「……緊張って、」
「あ、先輩は緊張なんてしないとおもってるでしょ。甘いなー」

ふふっと笑うエミさんの横顔から視線をそらせなくて、煙草を咥えたまま火を点けることすらできない。

「なんかね、松田くんとデートっていう設定がね」
「え」
「………うん」

ちらっと、視線を送ってくるエミさんの顔を、俺は間抜けな顔で見つめていたんだと思う。

「……人気者のイケメン芸人の相手役で、やっかまれたら嫌だなーとか、ね!」
「なんや、冗談やないですか!…本気にして損したわー」

しれっと笑うエミさんのノリに合わせて、俺もネタでやり過ごす。
くくく、とかみ殺すように笑ってから、エミさんは続けた。

「……ごめんごめん、いや、でもそれもあるよ?ホラ、気まずいじゃない。この間紹介してーって頼まれた子とかの手前」
「ああ……でもあれは…あれこそネタっちゅーか」
「えー?番号交換は?」
「…しましたけど」

連絡は取ってないの?と。エミさんは少し聞きづらそうに尋ねてきた。

「…俺に、そういう気はありませんし」
「もったいな!」

茶化すように笑うエミさんに、すこしだけいらっとしたことは否めない。俺の気も知らんで、と。ひた隠しにしている自分のことは棚にあげて、そんなことを思った。

「…エミさんは」
「ん?」
「俺とあの子がくっついたらええなって、……思ってるんかもしれへんけど…」
「………」
「………俺は、」

いつもなら飲み込んでしまう言葉がこぼれていく。東京とは違うこの澄んだ空気に毒されたのかもしれない。

「……自分の相手は、自分で選びます」
「……そっか。ごめんね。余計なことして」
「………別に、エミさんが悪いわけやないです」
「………」
「頼まれて、合コンセッティングしたんやって言ってたの、信じてええですか」

うん、そうだよ。

その一言が聞きたかったのは嘘ではない。けれど、俺はそれを言ってもらって、結局どうしたかったのだろう。

固まったエミさんは俺を観察するように見つめた。視線を離せない俺はそんな彼女を見つめ返す。

沈黙は、とても長く感じられて。何度か下唇を噛んだエミさんが口を開くまで、それは一体何分間の出来事やったんやろうか。

「……もし」
「………」
「紹介なんてしたくなかったって言ったら……」
「………え……?」




爽やかな風が足の間をすり抜ける。
(一時停止したのは俺だけで、世界はひとつも止まってなんていない。現実はそんなもの)


 


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