芸恋小説 | ナノ

「ほんなら、隆やんのハッピーな一年を願ってぇ…」

やけにテンションの高い慎の一言はしばきたくなるほどサムかったけども、自分に向けられた言葉であるから大人しく受け取ることにして。

音頭取りの手によって高く掲げられた缶ビールにつられるように俺の手の中の缶も小さく揺れた。そして小さな、こたつ布団を脱いだテーブルの脚をひとつ挟んだ隣に座る人も同じように缶を傾ける。

「おめでと。松田くん」
「あ、りがとうございます」
「何どもってんねーん!」
「ど、どもったんちゃうくて…!」

炭酸が喉に引っかかったのだと、言い訳をして、笑われた。

すでに誕生日当日からは1カ月過ぎてしまっていた。慎がせっかくだから、と企画してくれたこの小さなパーティーのようなただの家呑み。俺ら2人だけの予定を合わせるだけでも確かになかなか難しくはあったけれど、慎がこだわったのはエミさんの参加。俺がいくら「忙しいやろし、無理させたらあかんやろ」って言っても、聞き入れなかった。むしろ、「隆やんにとっても俺にとっても大事な先輩やろ、声かけへんほうが失礼やで」なんて言って、そして迎えた今日。

「さてさて、焼きまひょかー。……たこさんたこさん……」

恐らく即興であろう変なメロディを口ずさみながら慎が慣れた手つきでたこ焼き器と格闘しはじめた。

「…お前、俺の誕生日とか言いつつほんまはコレしたかっただけちゃう…?」
「隆やん何言うてんのん?お祝いしたい一心のみやって」
「そやかて、年明けてからお前ずっとタコパタコパ言うてたやろ」
「ええやんたこ焼き美味しいやん。隆やんも好きなくせに!」

そりゃまあ、嫌いちゃうけど。とエミさんに視線を移す。

「…すんません。もうちょい気の利いたもんでも用意しとけば良かったんですけど……」

メニューは任せとけ!隆やんは会場だけよろしく!なんて言うこいつの言うことを真に受けたのが失敗だったと思う。デパートで洒落た惣菜でも買って来るのかもしれないなんて思っていた。それがまさか、たこ焼き。忙しい合間で時間を作ってくれた大事な先輩を迎えてのメニューがそれのみとあっては、しかもそれが自分の誕生日ごときを祝うためだとすればいたたまれないことこの上なかった。

「いいじゃない、たこ焼き。アットホームで」
「ねえ?あつあつ頬張って最高ですよねえー?」

うんうん、とエミさんは裏のなさそうな顔で笑った。

「そういえばさ、慎之介」
「はい?」
「聞いたよ」
「何を?」

慎が手際よくタコの入った生地をひっくり返していく。何度か繰り返すときれいな球になった。

「おめでとう、でいいの?」
「へ?」
「……とぼけちゃって。お気に入りのあのコ」
「え!あー……ハイ」

一瞬で慎の頬が色づいて、目元が緩んだ。そんなわかりやすい反応、エミさんにどんな顔をさせるつもりやこいつ。そう思うと、ひと呼吸がやたらと呑み込みにくくって、喉が詰まる。

(エミさんは多分、お前のこと好きやねんぞ……)

このひとはきっと俺の思う通りのオトナでできた人やから、慎に彼女ができたっていうこの事実かてきっとさらっと対応してしまうだろう。その奥に本当の気持ちを押し込んで。

(気持ち押し込むつらさは、俺がよう知ってるし……)

そんな思いを味わうのは俺だけで十分だ、なんてかっこいいことを思うわけではないけれど。

(悲しいとか、そんなの呑み込ませたくないねんよ……)

「なに、そのだらしない顔!」
「え、もとからこういう顔ですって!」
「かー!ホントわかりやすいんだから。……気を付けないとだめよ。相手はアイドルなんだし」
「はい」
「恋愛禁止ルールとかはグループにないみたいけど、まあご法度には変わりないんだからね」
「肝に銘じてます」

それからいくつか押し問答のような会話が二人の間に飛び交った。エミさんは全くもっていつも通りのテンションで。

どちらかといえば、慎の方がよっぽど挙動不審や。わかりやす過ぎるくらいに相手に惚れていることが伝わってくる。

(なんやろ……たいがい惚れやすいやつではあるけども)

「今回は、本気みたいよね」

心の中で感じた続きがエミさんから発せられた。

「そう思わない?松田くん」
「え、あ。ハイ」

そう思います、と。俺は咄嗟に答えて、その言葉は尻すぼみ。相方の恋愛や。知らんはずがない。こいつがどれだけ相手の子を好きかってのもこれまでの様子を見て十分に分かっている。だけど。

……エミさん、そんなあっけらかんとしてて、ええんですか……?

「たこ焼き、ソースもいいけど、お塩つけて食べるのもあっさりしてて好きー」
「あ、その塩、前に沖縄ロケで買うてためっちゃ美味しいやつやと思いますよ?なあ隆やん」
「あ、おお」
「ほんと?どれどれ……」




読めない。頬は何も語らない。
(こんな形でこの人の失恋の瞬間をみることになって、でも彼女が今悲しいのかどうかすらも俺には感じさせてくれない。それが、悲しい)



 


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