芸恋小説 | ナノ

こういう仕事をしていると、柔らかくて好印象な笑顔なんてお手のものだ。そういうのが苦手なやつもいるけどね。

ちらり、と横目で翔を見ると、そんな視線に気が付いたのかすぐに目があった。

なんだよ、と相変わらず噛みついてくる翔をひらりとかわす。まだ何か言いたげではあるけど、それは放置だ。まあ今はもう本番なわけだし。

スタッフからサインが出て、一磨が今日のゲストの名前を呼んだ。
ぱちぱち、とかたちばかりの拍手にあわせて、コツコツとヒールの音がスタジオに響く。

「どうもー」
「お久しぶりです、エミさん」
「今日はよろしくお願いします」

きれいな顔で彼女は会釈をした。計算されつくした無造作なウェーブが揺れる。モデル出身のすらりと長い手足にこれでもかというくらい高いヒールで、目線は俺らとほとんど変わらない。むしろ、隣に並ぶ亮太が少しかわいそうなくらいで。

(まあ、スタイルの良さなんてものは持って生まれた才能だけども)

彼女が悪いわけではない。彼女の色気が3割増しに見える衣装だって私服ではないし、スタイリストが選んだものだ。

用意されたソファでのトークにうつるために場所を移動する。彼女の後ろを歩けば、いやがおうでもその残り香が鼻をくすぐった。高級そうな香水の香りは決していやらしさなんてない。むしろそのほのめかし方は品が感じられるほどだ。

だけど………。

(鼻につく……)

「……ね、中西くん?」
「え?」
「えー?忘れちゃったの?この間、ほら、青山のバーで」
「ああ…、覚えてます」
「何なに?京介、バーなんて誰と行くんだよ」
「…ほら、それはまあ、いろんな人と、ね?」
「なんだよそれー!答えになってねーし」
「あ、でもあの日は一人だったじゃない?」
「なんだよ、意味深なこと言って、一人なんじゃん!」
「誰もだれかと一緒だっただなんて言ってないだろ…そうですね。たまには一人で静かに浸りたいときもありますしね」

翔をたしなめた俺に、彼女はふふ、と余裕そうに微笑んだ。合わせるように笑みを作るのが俺の役回りだろう。案の定亮太がなになに、2人の秘密?なんて茶化してきて、それを再び翔がまともに受ける。スタジオの空気は、今日もこれでいつも通りだ。

「………で、エミさんもバーとか行くんですね。どっちかっていうとカフェってイメージだったけど」

亮太が軌道修正しつつ話をふると、エミさんはあはは、と笑った。

「お酒も好きだもの、飲みにだっていきますよ」
「京介は一人酒ってことですけど、ちなみにエミさんはどういう人と飲みに行くんですか?」
「やだ、それ聞いちゃうの?」
「そういう番組ですから」
「三池くんってかわいい顔してぐいぐい来るんだねー」
「そういうキャラですから」
「あははは……!……そうね、仕事の打ち上げなんかでも行くし、あとはお友達とか…女子会なんかもやりますね」

話は盛り上がっていく。横目でエミさんを眺めていると、意識は薄暗い夜のバーカウンターに飛んでいった。
静かなBGMと氷がグラスに沈む音。心地よい店内の匂い。
彼女よりも少し年上の男のスマートなエスコートに、優雅な彼女の振る舞いがお似合いだった。

(…隣にいたのがオトモダチ?……そんなはずねーだろ……)

あの時の彼女の顔は、今のさらに5割増しできれいだった。笑顔は崩れることはなく完璧だった。恋をする女性はきれいだとはよく言ったものだ、なんて思えるほどに。

一瞬だけ、目が合った俺には、連れにはわからないくらいに小さくその笑顔を崩した。その時の俺といえば、なんとなくあざとさにも似た隙を見せつけられたような、そんな気分になったのは事実で。

「……じゃあ、恋人の前では?」
「そりゃあ恋人の前ではそんなに毎日かしこまっていられないじゃないですか!え?みんなそうじゃないの?」
「えー!でも俺、エミさんのそういう姿想像つかないけど!」
「桐谷くんそれハードルあげすぎ!私だって普通に掃除とか洗濯とか、生活じみた事だってするし、寝ぼけてたりあくびとかもするから!」
「えー、信じらんねー!」
「あ、でも翔の言ってることはわかるけどな。なんかこう、エミさんってプライベートでもこんな風にキレーなイメージがあるよな」

一磨がうまくまとめると、義人も深く頷いた。そんな俺たちにエミさんはいやいやいや、と慌てて顔の前で手を振って見せる。

「恋人の前でもそういうイメージのままいそうな感じするし」
「ちょっと!桐谷くんストップストップ!……素顔を見せられるような人とじゃないと、付き合うことだってできないですよ。カメラの前みたいな顔をずっとしていられるはずないじゃないですか。……ねえ?」

まただ。意味深な微笑みで、このタイミングで。まるで俺の頭の中をのぞかれているようで。

「あ、ああ。そりゃ、…うん」
「何、京介。身に覚えあり?」
「や、俺はいつでもどこでもこんな感じ」
「まあ、お前はな。自分の欲求に素直だしな!」
「翔?そんなことばっか言ってると、この間のこと暴露しちゃうよ?」
「え!」
「なに?翔また京介に弱み握られたの?いくつ目?」
「よ、弱みなんて握られてないからな!」
「じゃあ別に話してもいいんだ?あのね、翔がこの前……」
「ちょ!京介!!やめろって!!」






「今日はありがとうございました」

最後まで賑やかなままの収録が終わって、エミさんは深々と丁寧に頭を下げた。お疲れさまです、と声を掛けたメンバーにもう一度会釈をした彼女の顔は、撮影中と変わらずきれいだった。品の良い笑顔を残しながらエミさんは歩き出す。

「じゃあ中西くん、またね」
「おつかれさま」
「………今度あの店で顔合わせたら隣に座らせてもらおうかな」

最後に俺の顔を見て、いたずらっ子のように顔を崩して笑った。
その顔は、きれいというよりもむしろかわいくて。

(……なんなわけ?そんな顔カメラの前では絶対見せないくせに……)

「そんなこと言われたら、あの店には1人じゃないと行けないじゃないですか」
「…じゃあ私も1人の時にしかあのお店は使わないことにしようっと」
「!」


爆弾を落として彼女は去っていく。甘い蜜のような香りを残して。

ヒールの音が遠くなっても、俺はその場からしばらく動くことはできなかった。



のるか、やめるか。その手のひらのうえに。



 


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