突き抜けるような勢いのまま衝動を体外に吐き出せば、吐き出した分だけ重力が戻ってくるようだ。身体は重く、全体を支配するのは倦怠感。普段ならここは、けだるさよりも愛おしさだとか慈しみだとか、そういったくすぐったくてライトな感情がじわじわと溢れて満ちていくのに。どうだ、今日は。一緒に果てたエミの紅潮した頬を見ても、ぷっくりと突起した胸を見下ろしても、胸の奥はどんよりとダークでヘビーなまま。こめかみから頬をつたって顎からぽたり、と汗が一滴。エミの胸の谷間に落ちた。
「はあ、はあ……たか、みさん」
「………」
肩で呼吸をしたエミが息を継ぎながら松田の名前を呼ぶ。きっと自分は試されている。瞬間的にそう思った松田には、それなりに後ろめたさが胸に潜んでいた。それを見抜かれている。
実際、エミは松田の様子が普段と違うことに気が付いていたし、今日のセックスが日常よりも激しく、やたら自分の反応に執着しているな、と思っていた。きっとこのひとは怒っているんじゃないだろうか、と行為の最中にもちらつく不安は消えず、求められるがままに揺さぶられても、素直に意識を手放すことはできなかった。
いつもなら、息を整える間も名残惜しそうにエミに触れる手や唇は、今日は動かない。相変わらず跨ったまま、松田はエミを見下ろしていた。見下ろしたまま、エミの目元からその感情をかすめ取ろうとしていた。
「……あの、」
「…………」
びくびくとしたエミの視線がいくら松田のそれと交差を望んでも、叶わない。交わっているはずなのに、松田はわざとそれをすり抜けた。
(……いつもとなんも、変わらんように見えるんやけどな……)
観察しても、読み取れない本心。相手は女優だ。自分を偽ることが仕事なのだから、それはいささか困難なのかもしれない。…自分にはいつも、素直な素顔しか見せてない、と思っていたけれど。
「隆実、さん……?」
「ん……?」
気のない返事。心ここにあらず、とはこのことかな、とエミは思った。つながっている間のぬくもりが少しずつ醒めていけばいくほど、追いかけるように相手に触れたくなる。心満たされた時間をいつものように過ごしたい。不完全燃焼の身体は、足りない熱を求めて、求めて、求めて。
両手を天井に向けて伸ばして広げた。無言の行為は言葉で言うよりもずっとエミの心情を表しているだろう。「抱きしめてください」、という甘えを。
「………エミ、ちゃん」
「……たか、みさん」
愛する相手に素直さを突きつけられたら、これほど強力な攻撃はない。それが普段、恥ずかしがってそういう素振りを見せることのないエミだからなおさらだ。頭の奥にくすぶった濁った感情は無理矢理に追いやって、求められたままにエミを腕に包み込み、そして強く抱きしめた。
(信じるしか、ないよな……)
ようやく欲しかった密着感を得られたエミは、少しずつ安堵に身体を緩めていく。ぎくしゃくした空気に、何か怒らせるようなことをしたのだろうか、何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか、それとも他に、気になる相手ができてしまったのだろうか、と次々生まれる不安が溢れて抑えようがない。全て憶測だけれども、一つ言えることは、松田の様子がおかしいのはたぶん自分が原因だろう、ということだけはわかっていたから。とはいえ、なんでですか?なんて聞くことはできないから鬱々としてしまうわけなのだけれど。
思い当たる節がこれといって見当たらなくて、エミは途方に暮れるしかない。
「……隆実さん、隆実さん……」
できることは名前を呼ぶことくらいで。それが松田にとって幸せな気分にさせてくれる魔法のようであると以前言われたことだけを頼りにすがるのだ。
(……信じてええよな……?)
脳裏をかすめた、芸人同士の噂が、松田を再び暗い闇に突き落とす。
(……エミちゃんが見てるんは、ほんまに俺だけなんよな……?…………なんて、そんなん、聞かれへん)
「……好きやで、エミちゃん」
不安を打ち消したくて呟いた言葉だった。けれどエミは泣きそうになった。嬉しくて恥ずかしくて、そしてはにかんだ。
変わらない反応を見せる恋人に、ほっと、胸がようやくあたたまる松田の意識に、罪悪感がひとつ。
壊れた歯車(軋んでいく時間)