芸恋小説 | ナノ

今、目の前で立ちすくむエミちゃんを、まさに他人事といった目で見ている自分がいる。冷静な思考は、彼女の顔色がいつもよりも青ざめているだとか、少しだけ唇が震えているだとか、細い手首に筋が立つほど強くその小さな拳をにぎりしめているのだろうだとか。目に映る全てをやたら客観的に捉えていた。

「……ひどいよ、京介くん……」

消えそうな声で呟かれた一言は、どこか遠くの遠くの、そのまた向こうに流れていく。

黒目がちの大きな瞳から一粒、涙がこぼれた。


こうなることは大体想像がついていた。彼女は手を出したらいけないタイプ。きっと冗談は通じない。気安く遊んで翌日からはまたオトモダチね!なんて、そんなこと通用しないってわかっていた。

「ひどいって、何ソレ」
「……だって、」
「…俺、ひとことも言ってないよ?付き合おうだとかそんなこと」
「でも、好きだよって」
「うん、好きだよ。エミちゃんかわいいし」
「………」
「うん、…一昨日遊んだミホちゃんも、先週一緒に呑んだエリコちゃんも、みんな大好き」
「…………」

ほら、信じられないって顔して俺のこと見てるよね。…純愛とか信じちゃってるわけ?ばっかじゃないの。

「京、すけくん、は……遊びだった、んだね……」
「遊び?うーん、本気だよ、ホンキ」
「………」
「いつだって誰とだって、その時は本気だよ。頑張ったつもりだけどなあ。……満足しなかった?」
「っ!!」

唇を噛んだエミちゃんは眉間にしわを寄せたまま俯いてしまった。こんな顔をさせているのは俺。間違いないよね。そりゃそうか。

あれだけ普段からかわいいねとか言いまくって、実際二人でご飯食べて、それでいい雰囲気になってお持ち帰りして。そんなときに、「好きだよ」なんて言ったら、このタイプは簡単に落とせちゃうって、わかってたくせに。

……そのあと、こうなることだってわかってたくせに。

だからこういうタイプに手を出すことはしたくなかったんだ。今までこの手のコとは深くかかわらないように気を付けてきたつもり。エミちゃんだって、例外じゃなかった。…はずなのに。

見下ろした視界には、きれいに整えられた前髪の隙間から揺れる睫毛。涙のせいで黒に艶が増している。ああ、……きれいだな。相変わらず。

「…何笑ってるの?」
「あ、ごめん。きれいだなって思って」
「……何ソレ……」
「ん?泣いてる顔もかわいいなって」
「ば、馬鹿にしてるの?!」

きれいに歪んだ顔が一瞬俺を睨みつけて、それから生気がなくなった。やる気が失せたのか、小さくため息をついてからエミちゃんは静かに続ける。

「…もういいよ」
「………」

一瞬だけ交わった視線は、俺のことを大嫌いだと叫んでいるようだった。彼女は無言で俺を通り過ぎて、音もなく廊下を歩いていく。きっと泣いているのかもしれない。それならばきっと、それは間違いなく、俺を思っての涙だ。

それが憎しみから生まれたものでもいい。大嫌い、と刻み付けられて、きっと俺は彼女の中に生き続けることができるんだろう。

「ばっかみたいだよね、ほんと……」

こんなことでしか、こんなことをしてでも、あの小さな胸の中に住み続けたいだなんて。




raison d'etre
(もがいて、もがいて、もがいて)







 


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