芸恋小説 | ナノ

「………」

取り残された俺らの間に流れる空気はスタジオでのものよりずっと気まずい。気恥ずかしさとか愛おしさとか、もういろんな感情がごっちゃでせき止めとくのに必死で。ぐっと生唾を飲み込めば、その音すらもひどく部屋に響く気がする。

俯いたエミちゃんがそっと伺うように俺のことを見て、図らずもばっちり目があった。

「あ……」

すぐに再び目を伏せるエミちゃん。くっそ。そんな顔させたいわけちゃうねん。

「あんな、エミちゃん。さっきのは……」
「わ、わかってます。松田さんが適当に記者に話したんだって分かってますから」
「や、まあ……うん。そうやねんけど……」
「あの、すいません!忘れてください!聞かなかったことにしてください!私、あのちょっとさっきのは…!」
「さっきのって、収録中に俺のこと襲いたくなったって……」
「わーーーー!!」

慌てたエミちゃんが一息で俺に詰め寄って両腕を伸ばす。

「うわっ」
「わっ」

彼女の小さな手で口元が塞がれたのは一瞬。ふわりと彼女の香りが鼻をくすぐった瞬間、間合いを詰めた彼女の勢いに押されて受け止めきれずに俺らはその場に倒れ込んだ。

「いたたた…だいじょぶか?」
「は、はい……て、あ!す、すいません!大丈夫ですか?!」

いわゆる押し倒す形で俺の上にまたがったエミちゃんは跳ねるように頭を持ち上げた。大丈夫、と言うよりも先に笑いがこみ上げて来る。

あー情けな。大人ぶって余裕かましたフリしてたら爆弾落とされたわ…。

「え、っと……」

困惑した様子の彼女は身体をずらした。少しずつ離れていく2人。
腹の上の重みとぬくもりを逃がしたくなくてそっと彼女を頭ごと引き寄せる。


「あ、あの、ま、松田さ…」
「ええやん。……襲おうって思ってたんやろう?…そんならええやん、これでも」
「ううっ……ひどい、もう一度言うなんて…」
「ははははは」
「さ、さっきのは別に、実際そうしようって思ったんじゃなくて……」
「うん?」

むーっとむくれたエミちゃんの鼻先をちょんとつまむと、彼女はまた少し瞼を伏せた。あ、きっとまた誤解してる。

「子ども扱いして……」
「そんなつもりないて」
「だって」
「かわいいって思うてちょっかい出したくなるんは……もうこれは仕方ないやん?大人とか子どもとかそういうんとちゃうくて、俺はエミちゃんがかわいいから、どうしてもこうやって触りたくなるし、じゃれたいって思うし。……俺はエミちゃんならどんな格好でも好きやで。大人っぽい服とかメイクとか、着たいなら着たらええって思う。でも俺はどんな風なエミちゃんでもええねん。だって好きなんはこの子そのものなんやし」

彼女の背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。ますます頬を染めつつ、もう、松田さんったら、なんて照れくさそうにする彼女を見つめながら思う。俺、今相当恥ずかしいこと言ってるやろうな。まあええか。格好つけへんでもきっと、この子ならまるごとそのまま受け入れてくれるやろし。

「あんな、エミちゃん。好きなこの前では格好つけたいんが男の心理やで。……幻滅されたくない一心で余裕ぶってたけど……ほんまは」

ほんまは、こんなにどきどきしてて必死で。余裕なんてない。何かあればすぐにでも繕いたくて繋ぎとめたくて。

「……格好悪い男やねん」
「ま、松田さんは格好わるくなんてないです!」
「エミちゃ…」
「だって、私今でも収録中ですら顔見るとどきどきして、メールとか電話とか、名前みるだけで顔も緩むし……あ、」

勢い余っての白状に気付いた彼女があわてて口ごもる。

「……そんなん言うてくれるんかー。そんならこの状況は……」

この至近距離は、

「心臓飛び出そうなくらいドキドキしてんの、俺だけちゃうってことやんな……?」

エミちゃんの頬を両手でそっと包み込む。一瞬驚いた顔の彼女の瞼がゆっくりと降りていく。鼻先が触れあって、最後まで確認せんうちに俺もそっと瞳を閉じた。





心地良いペースで並んで




「あら、慎ちゃん」
「げ、モモちゃ……」
「なあに?盗み聞き?趣味悪いわねー」
「シーッ。コンビ愛のどこが悪いねん。大事なことですヨオ!」
「あらあら……」


end
20110508


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