芸恋小説 | ナノ

「…こういうのって誰かと一緒にみるものなんですか…?え?…ひとりでこっそりって感じだと」
「や、ネ、ネタみたいなもんやで。こういうのあるんですよって言われてな。無理矢理やで、無理矢理」
「……ふーん」
「後輩が、外人さんのリアクションネタやるからって……」
「どんなですか!こんなビデオからのリアクションって!」

笑いながらぺしっと松田さんの二の腕を叩くと、松田さんも笑った。

「や、ほんま外人さんのリアクションはおもろいねんって」
「し、知りませんよ!」

もう、と座りなおした私をにやりと覗き込むのはさっきまでうろたえていたはずの松田さん。

「ほな、見てみる?」
「は?!」
「そやな、エミちゃんとこは真くんもまだ中学生やし海外もんは……まあ中坊ならエロ本やらビデオの一つや二つあるやろけど」
「ま、まーくんはそんなもの見ません!!」
「そんなはずないと思うけどなあ」
「見ません!まーくんは!!」
「…それやったら余計、どんなんか気になるんちゃうの?」
「き、気に……!」

慌てふためいて続きは言葉にならない。ダンスゲームの時から、いや松田さんが帰宅したときから、今日は私が主導権を握っていたはずなのに。いつの間にか形勢は逆転されていた。

回されていた彼の腕が私の肩を掴む。引き寄せられるように向き合うと間髪入れずに頬に添えられた手のひらが私の頭の角度をちょうど良いように微調整する。二人の唇が重なり合うのにちょうど良いように。

「……んっ」
「……えっちいこと、してもええ?」
「な、なんで聞くんですか……」
「エミちゃんの困った顔、そそられるし、……めっちゃかわいいし」
「…は、む……っ」

返事を聞く気がないんじゃないかと思うほど、唇は深く絡み合った。舌は巻き込まれるように取られて息をするのがやっと。さっきまで冗談ではたいていた二の腕を、シャツごときゅ、と握りしめる。

「ほんま、そういうのがかわいいんやで。知らずにやってるやろ」

あかん子やな、と彼の唇が薄く呟くと同時にぐるりと視界が弧を描いた。ジュリアだったら「きゃあ!」なんて大きな声をあげるのかもしれないけれど、私は呼吸すら松田さんの身体の中に取り込まれてしまう。つながったままの二人の唇が、声をあげることすら許さない。

「ひゃ、う」

ようやく口元が解放されたと思うと同時に、松田さんの鼻先は私のこめかみに移動していた。生温かいものが耳の中をざらりとなめ上げると背筋がしなるように悲鳴をあげる。

「相変わらずここ弱いな、ほんま……かわいい声して」

くちゃっくちゃっとわざとらしく音を立てながら松田さんは私の耳を弄ぶ。その度にむずむずが足の先から背中を伝った。

「ん、……やっ」
「……我慢せんでええから、もっと声聞かせて、な?」
「…だ、って恥ずかし……」

気を抜けばすぐに吐息交じりの声が漏れそうで、ようやく紡いだ言葉は途切れ途切れになる。そんな私をわかっているのかいないのか、いや、わかっているのだろう。松田さんはごそごそとソファの上をまさぐった。

「!」

耳に飛び込んできたのは自分のものではない女性の声。

思わず視線をテレビに向けた。さっきまではホームドラマのような家の中のセットに並んでいた外国人2人はいなくなっていて、画面は肌色で埋め尽くされている。豊満な胸を強調するように突き出したブロンドはわかりやすく嬌声をあげていた。

「な、な、なに……?」
「これでもう恥ずかしいとか気にせんでもええんちゃう?」
「や、そ、そういう問題じゃ、あっ……ん」

たくし上げられたシャツの裾から這い上がってきた手のひらが捉えたのは心臓の真上。やわやわとうごめく手の動きは指先まで計算しつくされていて、挟まれて転がされて押しつぶされる度に私は息を止めてなんとかやり過ごす。けれど松田さんは挑発をやめない。先に音をあげたのは私だ。

「ん、あっ…う、や、ああ、…ん!」

遠慮がちな私とは対照的に、テレビのスピーカーは賑やかい。一体この二人はどういう状況なのか。やたら感じ入った女優の受けている攻撃は、私とほぼ同じはずであるのに、すでに何回戦か終わったあとのような恍惚を帯びている。

(いやいやいや、何回戦って…!)

「何、エミちゃん。気になる?」

ビデオとはいえ、他人のセックスを目の当たりにするのは初めてなわけで。松田さんの質問にかぶせるように頭を左右に振って否定を表現するけれど。

「たまには一緒に勉強しよか?いろいろ新しいコトしてみるのも、開発できてええかもしれへんし」
「ま、松田さ……」

無理です、と口にしかけた私をあざ笑うかのように、大げさなYesが部屋に響いた。

「…まあ、よそ見なんてさせるつもりも、ハナからないけどな」

含み笑いを浮かべた松田さんの、その一言を皮切りに、私の身体は発熱しはじめる。

何度か身体の位置が入れ替わって、ソファという小道具も存分に活用された頃にはもう、部屋の中を満たすのが私の声なのかテレビからなのかわからなくなっていた。

「あ、……はあ、はあ、ま、まつ、だ…んっ」
「んあ、…あかん、エミちゃんそんなに締めたら、ぅあ、」
「あ、あの、……あの、ね」
「ん?」

背中から抱きすくめられつつ揺さぶられつつかき混ぜられつつの中、やっとの思いで声をかけた。

「…いつもみたいに……最後は、あの……」
「ん……?」

隆実さんの顔を見ながらがいいと、それはやっぱり恥ずかしくて小さな声にしかならなかったけれども。

ぎゅ、と今日一番に強く抱きしめられて交わしたキスのあと、ふ、ととろけそうになるほど優しい瞳で笑った彼の顔を見て、ああ、ちゃんと伝わったんだと安心した。

(……すき、だいすき)

この想いもちゃんと伝わりますように。

全身で松田さんを受け止めてからひと呼吸。

いつの間にかラストシーンを終えたテレビの中の二人は消えていた。



エンドロールは来ない
(私たちは、抱きしめあったまま眠る)


prev 


back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -