芸恋小説 | ナノ

明日はオフだ。休みだと思うと、今過ごしている時間の流れは急にゆっくりになる気がする。同じなはずの夜空が妙に色鮮やかに感じるから、より大切にしたくなる。噛みしめるように大事に過ごしたくなる。

それが、一人でないならばなおさらだ。

「やったー!」
「くっそ…」
「うふふふふ」

上がった息を肩で整えながら、私は松田さんを見て勝ち誇るように笑った。

「一回くらい負けてくれてもええやんか…おっさんギリギリですよ……」
「だめです。勝負ですから」
「厳しいなあ。そやかてエミちゃんはレッスンとか受けてるんやし、うまいに決まってるやろ、ダンス」
「そんなことないですよ。先生にはいっつもリズムが1テンポ遅れてるって怒られてますもん」
「俺は芸人やで?踊るのなんて仕事ちゃうしやな」
「あはは、仕事内容関係ないですって」

そやな、と納得してからもう一度悔しそうに口を尖らせた松田さんは、投げるように身体をソファに沈めた。リモコンをつつくと、それまで二人で熱中していたダンスゲーム画面が終わって深夜番組に切り替わる。松田さんはいくつかチャンネルを回してから、興味なさげにリモコンをぽん、と自分の隣に投げ置いた。

「はー、疲れた……」
「ほんと、結構いい運動になりますね」

手首にはめていたゲームコントローラーのストラップを外しながら松田さんの隣に座ると、もっと近づけ、というように彼の手のひらが私の頭を撫でる。

『オー!』
『きゃあすごいわ!ダニー!』
『だろう?このクロスはね、水で濡らすだけでどんな汚れでも……』

「お、ダニエルは今夜も頑張ってはるなー」
「知り合いですか?」
「いや、ちゃうけど」

苦笑いする松田さんに促されるまま、こてん、と頭を傾けあって寄り添う私たち。その目の前で賑やかで軽快な会話が飛び交いはじめる。金髪碧眼でやたらガタイの良い男性ダニエルが毒々しいほどに紫色の液体をカーペットの上にわざとこぼした。

「………」

『何やってるのよダニー!せっかくのおニューのカーペットが台無しよ!』
『ジュリア、大丈夫安心して。こういう時はこの乾いたままのクロスをね……』

見事に汚れを吸い取ったクロスを広げながら、まぶしい白い歯を見せて笑うダニエルに、ジュリアは羨望の眼差しを送っている。

「欲しいんですか?」
「え?!」
「このマジカルクロススーパープレミアム」

いつのまにか画面に見入っている松田さんは慌てて私の顔を見た。

「ふふ、すっごい真面目な顔してましたよ?」
「や、……いや、ほら。慎やらがここで呑んだりすると、酔っ払って必ずなんかこぼしたりするしな?」
 
いやいや、別に思っただけやし買わんけど、と松田さんは座りなおしてとりつくろうように私の肩に腕を回した。

「別に、何も咎めてないですけど…」

松田さんが通販を割と好んでいるということを知ったのは付き合うようになってから。意外な一面はあまり知られていないようで、私としては「彼女の特権」的な要素に思えて嬉しいのだけれども。

『お次はこれだよ!』
『キャア!ダニーったら何してるのよ!クレヨンで壁に落書きなんて!』
『こういうの、小さな子供がいる家だったら一度はあるんじゃないかな、ホラ、見てて』
『そうだけど……オオウ!すごいわ!!こんなにきれいに落ちるなんて!イッツァミラクル!!!』

「ほんますごいなー、これ……………いや、買わへんけどな」
「……」

私にそんな一面を一応は隠そうとする姿が、なんとなくかわいらしくもある。

「…ジュリアの顔、ほんとにすっごく驚いてますね…」
「ほんまやな」
「なんで海外のこういうのってこんなにテンション高いんですかね」
「はは、それでついついこっちもほんまか!って思ってしまうんやろなー」
「オオウ!とか、あっちじゃこのテンション普通なんですかね?」
「まあ、あっちは何かとテンション高い感じするけど……」
「あー、確かに、海外ドラマとかも」
「あ、ああ、そやな。ドラマなんかもそうやな」
「………」

一瞬噛み合わなかった会話の向こうで松田さんが何を思い出したのか。責めるように顔を凝視した。

「な、何?」
「………いえ」
「ド、ドラマ、やろ?」
「………そうですね。ドラマですねえ」
「……や、そやから。な?エミちゃん。あれは俺のちゃうねんって」
「私別に何も言ってませんけど」
「くっ……」



今日、松田さんよりも早く仕事の終わった私は家主よりも先にこの部屋にいてくれていいから、と言づけられていた。せっかくだからと彼好みの夕食の準備を簡単に済ませ、それでも余った時間は部屋の掃除に回すことにした。もともと松田さんの部屋はきれいに片付いているけれど、立て込んだ仕事を物語るように今日は少し散らかっている。忙しいんだな、お互いのオフが重なるのも久々だな、なんて思いながら、床やコーヒーテーブルに無造作に置かれていた新聞やDVDを重ね集めた。……のだけれども。

(………これ、は……)

あまり…、というか全くもって手に取る経験はないけれど、これが何かはわかる。いわゆるセクシーポーズでキメた色気むんむんな金髪の女性のパッケージのDVD。

(ま、松田さんの趣味って……)

女性の手にしているムチを見て、いや、そんな性癖はないと思うけれど、いやでも私が知らない、というか私に遠慮しているだけで実際は、……なんて悶々としたものが一瞬で頭の中を駆け巡った。良いのか悪いのか、ドラマみたいなタイミングで松田さんは帰宅して、それは後輩の忘れ物だと、悲壮なくらい必死に弁解されたわけで。


「……もう、別に怒ったりしませんってば。松田さんがそういうの見てても、そ、それがきっと普通なんだろうし……」
「や、いやいやいや、ほんまに!エミちゃん!!」
「見ないんですか?」
「見てないで?」
「……………」
「………俺一人では、」

ただでさえ頭が触れ合うほど近くに座っている私たち。至近距離で覗き込むと、松田さんは耐えられないというように息を吐き出した。


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