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目を覚ますと、下に空、上に海があった。
「え、落ちてる?」
ええええーっ、と思わず出る悲鳴。私は百代と新しい技の特訓をしていたはず。それがどうしてスカイダイビングをしている。少し考えて、どうせ百代の能力が暴走してまた時空を跨いだんだろうと結論づけた。
私は体を反転させ体勢を整えると、海面すれすれのとこで脚に霊圧を込めた。そのまま、百メートルばかし上に飛び上がる。
「ったく、どうなってんだ」
思い当たることと言えば、先ほどまでの特訓。空間を裂いてそこに面倒くさい敵を放り込む技なんてやっぱり横柄すぎたか。てか、
「百代どこいったの」
案の定、奴は私の腰にはない。どうやら相棒と私ははぐれやすい質なのだとあきらめて私はため息を吐く。
さて、そんなこんなでこの世界にきて3日が過ぎた。私はまだ地面に足をつけていない。これまでの経験からすると、新しい世界に来た場合、取りあえず人の多そうな街に行き、情報収集して現状を把握、それから方向性を決める、というのがわ定石であるのだが。
街もない。人もいない。船もない。海しかない。
というこの環境でどうすればいいのか。ほとほとまいっている。霊圧にも限界があるので、早いとこ陸地を見つけたい。ていうか、だいぶんお腹空いた。
「ん?あれ船か」
助かった、という思いで近づいてみると、ドクロを掲げている。
「この世界は海賊がいるのか…」
そう言えば前にいた英国でも、少し前まで英雄扱いされていた海賊がいたなぁと思って感傷に浸るが、私の腹の虫が食料を求めて鳴く。しかし、相手は海賊だ。正攻法で行ってもくれないだろうからなぁ。などと考えていると、
砲弾が飛んできた。船のそばで浮かんでたのが悪かったらしい。思わず、その砲弾を破道で弾き返す。すると、船から火が上がった。騒ぐ甲板の海賊。殺せー、という声が聞こえる。
「あー、まじですんません」
たぶん船員は30人足らず。普通の海賊の規模がどのくらいか知らないが、たぶん小さい方だ。食料欲しかっただけなのに、と思うが、今更言っても無理だろう。潰すしかあるまい。売られた喧嘩だ、買ってやろうと、舌なめずりする。
ひさしぶりに戦うので血が騒ぐ。飛んでくる銃弾を弾きながら、船に近づく。そして甲板に降り立つと、一斉に銃やらカットラルやら構える海賊。
「“四方白伏”」
「儲けたー儲けたー」
私はそこそこ大きな島の街を闊歩していた。あのあと、航海師だけは意識を残し、海軍の駐屯所があるこの島に来た。船内で見つけた手配書の通り、船長と以下数名が少しばかしの賞金首だったのである。念のため黒崎の姿になり、海賊達の記憶もいじった。駐屯所を訪ね用件を伝えると、海軍のお兄さんはびっくりした顔をする。なにやら焦ったように書類を書いていたけど、当面の資金は確保できたので満足だ。
個々人の賞金は安かったが、海賊団全員ということもあって合計1億ベリー近く(ベリーというのはこの世界の通貨である)貰えたのでラッキーである。さて、これからどうしよう。
海軍のお兄さんに話を聞いていたところ、この世界は大航海時代とかいう海賊全盛期の時代になっていて、海賊同士の小競り合いはもちろん、海軍と海賊の間でも争いが絶えないのだとか。点在する島々は海軍、もしくは力のある海賊の保護下になってるんだそうで、偉大なる航路近くのこの島は海軍の保護下にあるらしい。
「とりあえず百代が無いと落ち着かないからなぁ」
と、いうことで私の当面の目的は迷子の相棒探しである。海軍のところにも届いてないというし、海賊が持ってる可能性もある。
「すみません」
「あいよ、嬢ちゃん、包丁かい」
「いえいえ、ちょっとお尋ねしたいことがあって」
柄が漆黒で鞘には幾何学的な装飾、が螺旋になった、白銀の刀身を持つ妖刀を見たことがないですか。そんなことを主人に聞けば、さっぱりだねぇと困った顔をされる。
「ですよねー」
どうやら百代はまだ噂にもなってないらしい。というか不機嫌になってなんの存在感も発揮していないと見た。
「あ、あの」
「はい?」
後ろから声をかけられたので振り向くと、そこには綺麗なお姉さんが立っていた。
「盗み聞きは悪いと思っていたんですが、刀のことだから興味がありまして。よかったら話をお聞かせ願いませんか」
腰の刀それから独特の佇まいを見ると、どうやら海軍さんっぽい。私は暇だったという事もあり、彼女オススメのケーキ屋さんに行くことにする。
「へぇ、それは大変でしたねぇ」
目の前の海軍さん、もといタシギさんはつらそうな顔をして私を見る。少し申し訳ない気持ちになるが仕方あるまい。私が私を北の島の生まれだが、家族が盗賊に襲われて亡くなり、天涯孤独の身で、しかし家宝と言って父が大切にしていた刀を取り返すために旅をしている、と。そんな設定にしたためである。ちなみに私は今、変化もなにもしておらずサングラスと帽子をかけているいつもの姿である。
「呪われた刀なのかも知れません。けれど、私にとっては父の形見ですので、何としてでも取り返したいと思ってます」
まだ、なんの情報も得られてないんですけどね。そつ苦笑すれば、涙目になるタシギさん。いやいや、これ作り話だからね、ごめんね。と言えるはずもなく私もつらそうな表情を作る。
「もし、海賊からの押収物として回収されたりしたら、連絡を下さいますか」
もちろんです!とタシギさんは言う。泣き出しそうな彼女。申し訳なさでいっぱいになるが、私は気にするなと自分に言い聞かせてケーキを頬張る。
「では、ご達者で」
タシギさんと海軍の駐屯所の前で別れる。遺失物届を出したので、届けられたり、海賊から押収されたりしたら私のところに連絡がくるようになっている。そのために電伝虫を購入した。本来持ち運び用ではないそれは少し重いが、かつて百代の能力で作った四次元リュックに入れてしまえばなんてことはない。
駐屯所の前で見送ってくれるタシギさん。
実は私が遺失物届を書くその後ろで、一般海兵さんたちが今朝の賞金首の件で、慌ただしく黒崎、ようは私を探してることには気づいていた。だが、よくないことになる予感がビンビンしたので華麗にスルーさせていただくことにする。
「またいつか、どこかで」
タシギさんに手を振る。あんな海軍さんもいるんだなぁ。
ところ変わってここは海の上である。言ったとおり、今から百代を探すために旅をしようと思う。ぶっちゃけ、いなくても生きちゃいけるが、百代がいないと話が進まないし。
「いやー、ちっせぇのも大変だなぁ」
そう言って私の頭に手を乗せるのは商人のおっちゃん。私は街で手に入れておいたこの世界の服を身に纏い、次の島に行くという商船に雑用係としておいて貰うことになった。正攻法で金を払っても良かったのだが、あんまり大金を持ってることがバレるとろくな事にならないのは、既に学習済みである。
「いやぁ、おっちゃんが良い人で助かったよ」
「がははは!もっと言っていいぞ坊主!」
どうやら坊主と思われてるらしいので、そう振る舞うことにしよう。
それから2日たったある日。
「か、海賊だぁ!」
「なんだと!」
まじかぁ。と思いながら、私は洗っていた皿を置く。
甲板に出ると、商人たちは多少の戦いの心得はあるらしく、海賊に応戦するべく砲弾を用意していた。どうやら出番はないらしい。
「親父っさん!」
「おう坊主!死にたくなきゃ部屋戻っとけ!」
まぁ相手は小物だからな!簡単にはヤられはしねぇよ!安心しろよ!がははは!と豪快な商人の親父っさんが笑うので、私はどうするべきか迷う。
「わ、なんだあいつら!」
船員の一人がそう叫ぶので、海賊船のほうを見ると海賊たちが“浮いて”この船に乗ろうとしていた。
「能力者がいやがったか」
能力者。この世界では、それは悪魔の実という呪われた実を食べることによって特殊能力を得ることが出来る。その力を得た人たちを能力者と呼ぶのだ。
「ぎゃっはは!お宝は頂くぜ!」
そういう人相の悪い海賊の親分と思しき輩が叫ぶ。この船は財宝こそ乗ってないが、前の島の特産であった絹を乗せていて、確かに換金すると相当の値が付く。
「くそ!撃ち落とせ!」
慌てている商人たち。私はこのいざこざを止めるべく、印を組む。
「多重影分身の術!」
「まったく、どうなるかと思ったぜ」
次の島で、親父っさんたちは笑いながら積み荷を降ろしていた。
あのあと分身の私が(もちろん姿は見えないように)風遁を使い、海賊たちを海に落っことしたのだ。もちろん能力者の海賊も。
「こんなもんまで手にはいるしなぁ!」
海賊達は商船の近くに小舟を置いていった。その小舟というのもなかなかいい性能を持っていて、亀の形をしているのだが、海楼石とかいう魚除けもついてるし、中は広く潜水艦にもなるという優れもの。親父っさん曰く、あの海賊たちも、どっかから奪ったんだろう、と。
「おい、坊主!お前旅をするんだってな!この船、お前にくれてやらぁ」
「おお!そりゃあよかったな坊主!」
「困ったら売ればそこそこ値も張ると思うぜ!」
周りの船員がそう言って笑う。ここの船員さんたち、優しすぎやしないかい。私はそう思いながらも、ありがたく頂戴する。お代は、と言えば親父っさんは私の頭をぐちゃぐちゃとなでる。
「俺たちは海賊じゃあねぇ!海の男だ!他人様から奪ったもので金を貰っちゃあ、その名が廃るってもんよ!」
気をつけて旅をしろよ!と笑う親父っさん。海賊以外にも海の男っているんだなぁと私は感心した。
そしてその3日後、私はその亀型小型船に乗って、その島を旅立った。なんかあったらこのシーメン商会が後ろにいるからよ!と親父っさんは笑って送り出してくれた。
「とりあえず偉大なる航路に行かないと」
親父っさんの商人仲間の情報によると、偉大なる航路のとある島が突然消えたらしい。そして全く別のところに数十年後の姿で現れたんだとか。
「百代だといいなぁ」
それにしても、この亀、速度が異常に速い。亀のくせに。動力はおそらく日光である。甲羅に取り付けられたパネルは、触れたら火傷するくらいに暑い。遮るものがない海ならではかなぁと、私は変に納得した。
「お、前方に海軍の船発見」
潜水体制に入る。一人しかいないくせにそんなことをぶつぶつ呟く。
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