ナイーブなドフラミンゴ成り代わりと優秀な執事。
::
俺はドンキホーテ・ドフラミンゴとしてこの世界で生を受けた。ドンキホーテの一族はこの世界を作った二十の一族の一つで、それはそれは神のような生活を送っていた。……当人である俺は、この男が嫌いであった。なぜかって?それは俺がこの世界の記憶を持っているからである。
そう、俺は前世の記憶をもって生まれたトリッパーである。即ち、俺がドンキホーテ・ドフラミンゴである以上、俺はこの世界でかなり過酷で残虐な人生を歩んだ挙げ句、王下七武海となってみんなに嫌われる。ナイーブな俺は、まだ二歳だというのに少し鬱になった。
「下界に降りようと思うのだ」
そう父が言ったとき、俺は俺の知るドンキホーテ・ドフラミンゴの過酷な人生が始まるもんだと思って、また鬱になっていた。
しかし、それは杞憂に終わることになる。
「ご準備は出来ております」
そう口を開いたは優秀な執事。名をナマエと言って、彼女は九つのときに父上に命を助けられてから、忠誠を誓っているのだという。
「長い旅路になりますが、御辛抱くださいませ」
優秀な執事はそう言って、俺たちを小さな船に乗せた。他の天竜人共も、なんだかんだ旅路を祝っているようで、俺の知るドンキホーテ・ドフラミンゴの過去とは違うと、首を傾げる。
「これより偉大なる航路にある、サンディ島に向かいます。
皆様はこれより下々民体験バカンスと言う名のご旅行に出掛けられます。二、三年の後、ホーキンス様の当初のご希望どおり、天竜人の称号を返上する手筈となっております。」
「………私たちの執事は相変わらず頭が回る」
苦笑する両親に、恐縮ですと言ってナマエは頭を下げた。そうか、俺の知ってるとおり、すぐに下界に降りて暮らそうとすれば、天竜人と言うだけで下々民からは反発される。父上の希望通り、人間らしい暮らしをするには、少しばかし時間がかかるようだった。
「皆様がこれから向かうのはアラバスタ王国という、知っての通り、かの二十の一族の一つ、ネフェルタリ家が納める偉大なる航路でも有数の文明大国です」
…アラバスタ?!俺は座っていた椅子をがたりと揺らす。
「おや、ご存じでしたか。ドフラミンゴ様」
さすがホーキンス様にお似になられたのか、博識でいらっしゃいますね。そう笑う執事。いやいやアラバスタって!ビビがいるとこじゃん!!俺は表情に出さずとも少し興奮していた。横でコラソンが不審そうに見てきたけど、まぁいい。ていうかドフラミンゴこのままじゃ悪役にならないけど、いいのかな。
「皆様の幸せな未来を願っております」
そう言ってナマエはこの部屋を去っていった。船の操縦も航海術もどこで覚えたのだろう。両親と俺ら兄弟の他に、乗組員はナマエとコック、それから母上のお気に入りのメイド(元々はよその天竜人の奴隷であったのを母上が助けたのだ)のみであった。この優秀過ぎるほど優秀な執事は、何者だろう。
「ようこそ、ドフラミンゴ家の皆様」
ネフェルタリ家の当主はくったくなく俺たちを迎えた。どうやら何年も前からナマエとはやり取りをしていたらしく、好意的だ。父上も念願叶って嬉しそうな顔をしている。
「さて、坊ちゃま方。本日よりこちらの国の一市民となります。お二人には学校に行っていただきます」
えぇー!と天竜人の子供らしく不満を漏らしてみる俺。
やった!という思いは胸に留めておく。だってマリージョアでは、家に家庭教師が来ていて、しかも媚び打ってくるようなやつらばっかりだったので嫌だったのだ。
「ちなみにですが、現在ドンキホーテ家の天竜人としての権限は停止しております。よって皆様はごく一般的な、善良な一市民であります。なにか差し支えがあれば、私をお呼びください」
一礼すると、これからのことを話し合うと言って両親とネフェルタリ家当主と出て行くナマエ。
「兄上、僕たちどうなるんえ?」
「…さぁ」
とりあえずその喋り方は気持ち悪いからやめなさい。俺はそれだけ言って、思ったより柔らかいベッドに倒れ込んだ。
「ドフィ!ボールあっち行ったぞ!」
「任せろ!」
二年が経って、俺たち家族は天竜人ではなくなった。そのほかの天竜人からは非難の声もあがったと言うが、そこは優秀な執事がどうにかしたらしい。たまに手紙やら贈り物やらが届くくらいには、天竜人との折り合いも悪くはない。なんなんだ、あの執事。
サッカーのようなホッケーのような、この国特有の遊びをしていると執事がやってきた。ちょうどみんな疲れたと思っていた頃だ。
「お疲れ様ですみなさん、アイスをご用意してあります」
この執事は相変わらず優秀だった。俺たちが天竜人でなくなってからも、親父への忠誠は変わらず、俺たちがここで過ごしやすいようにと、影ながら支えてくれている。
「ドフィんちいいよなー!あんな執事オレも欲しいわー」
「やるかよー!」
そう言って笑う十歳の俺。あの執事を自分のように誇りに思っていた。
五年がたった。俺は学校を卒業し、この国の士官学校への進学を決めていた。
そのころ、親父が長年の天竜人としての疲労が祟ったのだろうか、倒れて一ヶ月であっさりと逝ってしまった。母は悲しんだが、最後まで人間らしく逝った父をどこか誇りに思っているようだった。
そして俺は、昔から思っていたことを実行しようと決めた。
「さてコラソン、俺はやりてぇことがあるんだが、一緒に着いて来ちゃくれねぇか」
やりてぇっていうか、やりたくないんだけどやらなきゃこの世界の均衡が崩れてしまうので、俺はどうしても悪役にならなきゃいけない。
「兄ちゃんが行くなら、行くよ」
昔っから俺の後を着いてきていたコラソンは、どこかわかったふうにして俺の後を着いてきた。
「ご挨拶もないのですか」
宮殿の扉を開けたところで、目の前に現れたのは優秀な執事。
「まったく、世話になったお母上や国王に挨拶も無しに家を出るようなご子息にお育てした覚えは無いのですが」
ほら行きますよ、と首根っこを掴まれる。ずいぶんと目線が近くなったにも関わらず、この執事には相変わらず勝てなかった。
「まぁまぁ、やっぱり男の子は冒険がしたいのね」
母上はそう言ってこの国の王女と笑った。王女は子を身ごもっていて、来月には出産予定だそうだ。たぶんこれがビビちゃんなんじゃないかなー、と俺は思っている。すごく会いたい見たい触りたい。しかし、そんなことをすれば俺はこの国から離れられなくなる。
「男なら一旗上げてこなきゃな!」
「気をつけるのよ」
そう言う国王と母上。この国もまた大変なことになる記憶があるのだが、それはまたこの世界の主人公がどうにかするのだろう。
「では奥さま、私も少しばかしお暇を頂戴することになりますが」
「わかってるわ、この子たちを頼むわね」
「え!?」
どうやらこの執事付いてくる気満々らしい。なにか?といつもの笑顔で言われて俺は凍りつく。えー、なにこの保護者。俺の記憶にはいないはずなのだが。
「では、みなさま。お世話になりました」
執事がそう言う後ろでさぞ微妙な顔をしていただろう俺。宮殿を後にして、ナノハナへと向かう。Fワニを密かに予約していたはずが、いつのまにか超カルガモが乗っている俺たち。どうやら、最初から俺の計画はこの優秀な執事にはバレていたらしい。
「商船に乗るおつもりだったのでしょうが、船を手配いたしました」
ナノハナに着くとあったのは、小さいが丈夫そうな船。俺の横でコラソンがすげーと呟いている。そういや俺、コラソンもいつか手にかけないといけないんだよなぁ、と思って今から鬱になりそう。まぁドンキホーテ・ドフラミンゴとして生まれた以上仕方がない。俺はこの世界の均衡を守らないといけない。
「食料や必需品は積んであります」
ですが、その前に。そう言って執事が取り出したのは頑丈そうな箱。
「これは私からの門出のお祝いでございます」
もったいぶって箱を開ける執事。そこには、
「……イトイトの実?」
いつか食べなきゃならないと、図鑑で確認していた実が、目の前にあった。
それからは俺は出来るだけ俺の知ってるドンキホーテ・ドフラミンゴになろうと努力した。当然のようにそれらについても優秀な執事は先回りして、俺の悪のカリスマとしての地位を支えていた。
人間屋もドレスローザ陥落も、SMILE製造もファミリーを着々と増やせたのも、コラソンを手に掛けたのも。
影にはナマエという存在がいた。
「ドフラミンゴ様。モネから連絡がありました。パンクハザードに、トラファルガー・ローと麦藁の一味がいるようですね。ベビー5とバッファローを向かわせます」
「ああ、頼むぜ」
一礼して、部屋をでていく優秀な執事。
やっとここまできたかと、俺は喉を震わす。あ、今の仕草超ドフラミンゴっぽいじゃん、俺。最初はどうなるかと思ったけど、どうにかドフラミンゴっぽいこと出来てるし、麦藁の一味も、俺の記憶通り行動してるみたいだし。万事が順調順調、よかったよかった。
「なぁ、リク王」
俺は一っ飛びして、王宮にいた。そこには、俺のスーパーアドバイザーがいる。これがまたすんごく頼りになる爺ちゃんでさ。
「なんじゃい」
このように、すべてが俺の記憶通りじゃない。例えばこのドレスローザは王国じゃなくて、共和制にすることで俺が大統領の座に就任してこの国の実権握ってる。だからリク王も、マーガレットもキュロスもレベッカもヴィオラも無事である。
「レベッカは元気か?」
「おお、あのおてんば孫娘か。相変わらず可愛らしくてならんよ」
それにSMILE製造も、ちゃんと良い環境を保ってる。完全週休二日制で、昇給もボーナスも有りだし。シフトにもよるけど、九時に始まって五時には帰れるし。労働基準法も守ってるし。どこぞの国よりホワイトである。
おもちゃにした人間は、性根の腐った海賊たちだけだし。武器の輸出はほとんど機械導入して、人間ほとんど雇ってないから誰も苦しんでないし。
やっぱ俺ってば超優しいんでね?
「ねぇ、リク王」
「ん?」
「俺は今、悪役っぽいかな」
「なんじゃ、悪役になりたかったのか」
「ならなきゃいけなかったんだけどねぇ」
一応、王下七武海だしある程度の悪名は貰ってるみたいなんだけど、それでもやっぱ俺の記憶にあるドンキホーテ・ドフラミンゴは、もっとぶっ飛んでたし危険視されてた気がする。こんなんでいいのかな、俺。せっかく話変えないようにしてたけど、もうすでにいろいろ変えちゃってるし。これから先の展開ってどんなんだったっけ。考えるとまた鬱になりそうである。
「ドフラミンゴ様はお優しいですから」
俺とリク王の会話に入ってきたのは、優秀な執事。俺、一言もここに行くって行ってないんだけどね。リク王に一礼すると、ナマエは俺のフワフワのコートをひっつかんで部屋の外に連れ出す。
「モネから連絡が途絶えました。恐らくパンクハザードはもう終わりかと」
あー、もうそこのシーン?確か晒し首でベビー5とバッファローが流れてくるんだっけ。考えてる俺の手首に、ナマエがエターナルログを取り付けた。どうやら、パンクハザードの方向を指し示している。
「わかった、ちょっと行ってくる」
窓から飛び出そうとする俺。後ろから、優秀な執事が小さく呟いた。
「ドフラミンゴ様はどこまで既読でらっしゃったのですか」
「んーと、単行本は70ちょいぐらいだったかなぁ。友達がネタバレしてきたから本誌のほうも少しはー」
って。あ、やべ。思わず返事をしてしまった。しまった、という顔をしていたたろう俺。振り返ると、執事はなにやら顎に手を当てて考えている。
「70過ぎというとコロシアムに麦藁が潜入したところぐらいですか」
やっぱりこの優秀な執事も、俺と同じ境遇だったんだなぁと、びっくりするより納得。てか、よく覚えてるなぁ。
「私はもう少し先まで読んでいたのですが、変えてしまった設定もあります故、これから先の展開はほぼ不確定と言っていいでしょう」
麦藁とローはなにするつもりだったっけ。ドンキホーテ・ドフラミンゴを王の座から引きずりおろして、SMILE工場の破壊して、カイドウと俺のつぶし合い狙ってたんだっけ。
ナマエとこんな話をするのは初めてだった。お互いなんとなくわかっちゃいても、口に出してはいけないような気がして。
小さくなったなぁと思いながら、優秀な執事を盗み見る。あの砂の国を出たときはナマエのほうが身長が高かったのに、今では彼女は俺の胸元にも届かない。ナマエは昔から年齢よりか随分と若く見えたけど、それでも小さな皺やシミができていて、これほど長い年月をこの執事と過ごしているのだと俺は少し感慨深くなる。
「あなたは幼い頃から優しいお方でした。悪役としての天命を全うしようとしていても、昔と変わらずに」
ナマエはそう言いながら俺の襟元を整える。
「うん、ナマエの教育の賜物かな」
「それはそれは執事冥利に尽きるお言葉ですね。世界を変えてもいいものかと、迷っておりましたが、私はドンキホーテを救いたかった」
それに実は悪役フェチでして、とニヤッと笑うナマエ。その顔は優秀な執事として俺を支えてくれた三十何年間で一度も見たことがないような、いたずらっ子のような笑顔だった。
「ごめんね、本当のドフラミンゴじゃなくて」
「なにを言ってらっしゃるのですか。私はあなたがドフラミンゴで良かったと思っていますよ」
「…そっか」
帰ったら、話の続きをいたしましょう。そう言ってナマエは口端をあげる。
「あなたは優しい」
「…うん」
「しかし、それでもあなたはドンキホーテ・ドフラミンゴ。最期まで悪のカリスマ足らんことを」
その言葉にニヤッと笑う俺。そして勢いよく窓から飛び出す。後ろで優秀な執事が、あなたの幸せな未来を願っております、という声が聞こえた。
20141214
補足*アラバスタの王女はビビちゃんのお母さんではなくて、身ごもってるのも他の王族です(ねつ造)。当初はビビちゃんだったんですが、思っていたより歳の差があって無理でした。
prev /
next