Far east
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「わーお」

遠い異国の島国は、どこかロンドンと同じような匂いがした。湿気の多い夏というのは初めてで、まとわりつくようなそれがとても気持ち悪い。どこかに向かう人々、その雑踏のなか、小さな少女はため息をついた。


ここ、東京で行われた空手の世界大会。u-14の部にヨーロッパ代表で出場したアイリスは形で準優勝、女子組み手では見事に優勝した。しかし、彼女はその結果に満足しちゃいなかった。

「なんであんなモヤシに」

「まぁまぁアイリス、相手は男子、しかも本場の日本人だ。形で優勝出来ただけでも、すごいことだと思うよ」

男女混合の形は身体的特徴も作用する。コーチは体格差による見え方の差だと言うが、それだけじゃない。アイリスにはないなにかが彼にはあったのだ。



「どうも、ミス・エヴァンス」

流暢な発音で話しかけてきたのは、因縁の形決勝戦の相手だった。

「アイリスでいい、空木」

ウツギ、それが因縁の相手の名前だった。とてもとても発音しづらい。コーチに連れられてきたイザカヤという日本のパブ。そこで会ったのは今日の形の決勝戦の相手の日本人、枢空木だった。偶然ではなく、彼の師匠とうちのコーチが師弟関係らしい。流れるような黒髪に陶器のように色白な肌、涼しげな目元。とても空手なんかするように見えないのに、彼は組み手でも上位に入っていた。アイリスは不機嫌になりながら、たこわさをつつく。

「それはありがとうアイリス。可愛い名前だ」

「そう。あなたのはとても発音しづらいわ」

「ああ、自分でも時々舌を噛みそうになって嫌になる。今日は優勝おめでとう」

意外にも饒舌な彼は、聞き取りやすい綺麗なブリティッシュイングリッシュで話す。

「あなたこそ。優勝おめでとう」

「ありがとう。あんなに緊張した決勝戦は初めてだったよ」

「よく言うわ」

「本当だよ。こんなに綺麗な子が相手だと思わなかったし」

隣のコーチに何言ってんだコイツ、という目線を送ったが、コーチは師匠と久しぶりにあえて嬉しいのか、酔いが回るのが早い。こっちのことなんか気づいちゃいない。

「そう。なら手加減してくれても良かったのに」

「そのほうが怒るだろう?」

「…そうね」

嘆息するアイリスに構わず、ニコニコと笑う空木。2人はこれ以来、何度も大会で対峙することになる。そして2人が特別な感情を抱くようになるのは時間の問題だった。


[20141001]

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