13:22 Hogwarts/Library
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「ニコラス・フラメル?」
「ああ、レン聞いた事ないかい?」
図書室で勉強していると、大量の本を持った我が従兄弟ハリーとその寮友ロンがやって来た。僕はペンを置いて彼らを見る。すっかり疲れ切った彼らは、冬休みもニコラス・フラメルとやらの資料を探していたらしい。
「なんか聞いたことあるなぁ、」
「本当かい!?実は僕もどこかで、って思ってたんだけど」
僕は考える時の癖で、軽く握った拳を額に当てる。どこだったか、随分と前、入学する前だった気がする。そして思い出す、甘い匂い。
「あ、あれちゃう」
ハリーとロンは期待に満ちた目で身を乗り出してきた。僕は隣に座っているマリウスの肩を叩く。彼は耳からイアフォンを抜いて、音楽プレイヤーを止めた。ちなみにそれは僕がクリスマスにプレゼントした日本製のものだ。
「マリウス、君今持ってるやろ」
「さっきのかい?」
そう言ってマリウスがポケットから出したのは、十数枚の蛙チョコカード。僕はありがとうと言って受け取ると、カードを探す。目当てのカードはすぐ見つかった。
「ほら、これ」
そのカードをハリーに渡す。ハリーは眼を見開いた。
「ダンブルドア…、!!そうだ、これだ!見てロン!」
「共同研究者…!?」
「マリウス、これ借りていってもいいかい?」
「何枚かあるからあげるよ」
ありがとうと叫ぶと、2人は急いで図書室を出て行った。その背中に、本片付けていきやー、と叫ぶも頼んだ!と返された。これは大きな貸しだ。
「さて、英雄様は何をしているのかなぁ」
静けさを取り戻したと思った、矢先。奥の机で同級生と勉強していたはずのテオドルスがやってきた。どうやら聞き耳を立てていたらしい。
マリウスがもう一枚持っていたらしいダンブルドアのカードを差し出すと、テオドルスが背面の解説を読みはじめた。テオドルスはいつものようにニヤニヤと口角を上げる。
「ははぁ、ダンブルドアの共同研究のパートナー、ニコラス・フラメルねぇ。あの爺さんのこと調べて何やろうってんだか」
「爺さん?」
「もう600も半ばのジジイだよ、まさか婆さんじゃあるまいし」
「いやいや、そうやなくて。そんな有名な研究者相手に随分と親しげだな、と思って」
「おお!鋭いなお前!!」
テオドルスは僕の頭を鷲づかむ。
「さすが我がレイブンクローの優秀な後輩だ」
ただまぁ、ちぃとばかし説明が面倒でな、とテオドルスはウィンクする。顔だけはすこぶる良い男だけに、僕は少しばかし照れてしまい悔しい。そんな僕らに、マリウスはいちゃついてないでさぁ、とため息混じりに言う。
「それよりも、ハリー達がずっと何か調べてるのは僕も気になってたんだよね。休暇の前からずっと図書室で見かけていてさ。クリスマス休暇に閲覧禁止の棚を夜中に生徒が見ていた、って騒ぎになったろう?犯人見つからなかったやつ。僕はあれ、ハリー達なんじゃないかと思ってたんだよね」
マリウスは声を潜めた。ニコラス・フラメルの資料をあれだけ探していたとなると、確かに疑わしいだろう。
流石レイブンクローの洞察力と推理力、とでも言うべきか。
マリウスの推理は正解である。
既に犯人である我が従兄弟から事の顛末を聞いている僕は、だねぇ、と肩をすくめて誤魔化した。
ハリーが透明マントをクリスマスに誰かから貰ったこと、閲覧禁止の棚を漁ろうとしてフィルチに見つかっこと、その先で不思議な鏡を見つけたことなど。冬休みの出来事は粗方、先日ハグリッドの小屋で会った時に聴いていた。
入学以来、スリザリンの坊ちゃんに罠に嵌められそうになるは、トロールと戦うことになるは、最年少シーカーになった挙句クディッチを飲み込むは。
我が従兄弟ながら話題に事欠かないと感心する。
マリウスの鋭い観察眼に内心感心していると、腕を組んで熟考していたらしいテオドルスが口を開いた。
「ニコラス・フラメルの爺さんと言えば"賢者の石"じゃねぇか?」
「「賢者の石?」」
僕とマリウスの声が重なる。テオドルスは数回咳払いをした後、周囲を気にするように見回すと、トーンを低くした小さな声で話し始めた。
「”如何なる金属をも黄金に変え、飲めば不老不死になる命の水を生みだす”と以前読んだ本に書いてあったな。現存する唯一の賢者の石は、フラメルの爺が所持しているはずだったが、さてどうだったかな」
テオドルスは険しい顔になる。
僕はつられてしかめっ面になりながら、
「せやけど、なんでハリーが賢者の石を探してんねん。相変わらずガリガリやけど、今すぐ死ぬ事は無いと思うんやけど」
そう冗談めかしていうとテオドルスは、良い質問だな、と口角を上げた。
「大抵の病気は治癒魔法で治るこの時代にわざわざ賢者の石を必要としてるヤツがいるなら、命の危機に晒されているヤツか生死の狭間を漂ってるヤツ、或いは金に困ってるヤツだな」
「ハリーの関係者かな、誰か重篤の人がいるとか」
「ハリーの親戚は僕んとこ含めてみんな元気やで。嫌な奴らもおるけど。」
僕はダーズリーの家を思い出す。数回しか会ったことがないが、優しいペチュニアおばさんがいるとは言え、あの偏屈な伯父さんがいるんじゃさぞ居心地が悪かったろうとハリーに同情する。
テオドルスが、閃いた、とばかりに組んでた腕を解いて右手の人差し指をピンと立てた。
「例えば、死んだはずの両親が」
「…テオ、僕はそういうのが一番嫌いやねんけど」
僕は軽く彼を睨みつける。テオドルスは両手を上げて、眉を八の字にした。
聡明なテオドルスには、賢者の石の恐ろしさも、ハリーの危うさもすべてお見通しなのだろう。
「悪かったよ。けど、全く無い話しじゃないだろう?両親を失った少年が命を取り止める事ができる”賢者の石”の存在を知って、死んだ者を甦らそうとしている。健気な話じゃないか。彼はマグルのなかで育ったようだし、魔法界の禁忌を知らない可能性だってある。」
「テオドルス、それ以上言うたら二度と口きかんから」
テオドルスは両手を天井に向けると肩をすくめた。言わんとしたことは想像に易かった。
僕だってハリー達の動きは不審だと思う。仮説は興味深いし、可能性は決して0ではないのだと思う。けれど、僕の従兄弟は命の倫理がわからないほど愚かじゃない。
彼の両親は確かに亡くなっていて、ハリーも、僕の母もそれを受け止めている。他人が軽々しく彼等のその覚悟を疑うことが、僕はどうしても嫌いだった。
不愉快が伝わったのか、雰囲気を壊すようにマリウスが明るい声をだす。
「まぁまぁ、直接聴けばいいじゃない。君従兄弟なんだし、言ってくれるさ。もし万が一ハリー・ポッターとその仲間達が道を踏みはずそうものなら、僕たちが止めればいい。」
テオドルスもそれに同意するようにニヤッと笑った。
「そういうこった。憶測で動きたかねぇからな。英雄様達がなにをしてるのか、ちょっくら探ってみようじゃねぇか」
僕は面倒なことになったな、と内心大きくため息をついた。
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