11:23 England/London
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イギリスの空は日本とそう変わり映えしなかった。
目の前に座る従弟にそう言うと、空は繋がっているからね、と言われてそれもそうだと得心する。流れて行く雲と、眼下に広がる緑地に羊。なるほど確かに同じ空だが、ここは確かに僕の知る国ではない。

「10月過ぎると日が落ちるのが早くなるよ」
「そうなんや、日本もそうやで」
「僕は日本行ったことないからどのくらい違うのかわからないけど、特に北部は昼が短くてびっくりすると思うよ」
「緯度が違うもんなぁ。いつか日本にも来たらええ。部屋はあんねんから」
「ぜひ行きたいね」

 眼鏡の奥でその緑の目を細める少年の名前はハリー。彼の頭上ではホグワーツの森番だという大男が昨日ハリーの入学祝いに贈った、積もったばかりの新雪のような梟がスヤスヤと寝ている。示し合わせたのか、僕の両親が入学祝いだと数ヶ月前に僕にプレゼントしたのは夜を閉じ込めた真っ黒の猫で、先程からハリーの膝の上を我が物顔で占拠していた。

 僕らは、入学する学校の名を冠した汽車に乗ってロンドンを発った。この汽車は見た目もさることながら、内装も随分と古めかしく、ちょっとした揺れでも軋むので、気持ちよさそうに寝ている黒猫が羨ましくなる。それでもなんとか少し寝て、学校に着く前に時差ボケで眠気が巣うこの脳味噌を少しでもどうにかしなければならない。そう考え、腕を組み目を瞑る。
すると不思議と睡魔というものはやってくるもので、思わず欠伸をしてしまう。事情をわかってるハリーは君はしっかり寝たほうがいい、と小さく笑った。

「あ、あの…ここ座ってもいいかい?」

 目線だけ入り口にやると、廊下からそばかすの散った顔を覗かせたのは、赤髪の男の子だった。どうやら彼はコンパートメントを探し損ねたらしい。
 ハリーが僕に目配せするので、僕は軽く頷き了承の意を表す。ハリーが彼を呼ぶのを、僕は寝ぼけ眼で見ていた。

「ごめんけど僕寝るから」
「うん」
「気にせんと喋ってええから」
「うん、おやすみ」

 ハリーが返事したのを聞いて、僕は深く息を吸い込んで、睡魔に任せて眠りに落ちた。

***


「あら起こしちゃったかしら」

「…いや、大丈夫」

 次に起きたとき、狭いコンパートメントの一室はどうやら少し賑わっているようだった。窓際の僕の目の前にハリー、ハリーの横に赤毛の少年、そしてもう一人の客人。僕の隣に座る縮れた鳶色の髪に同じく鳶色の目をした端整な顔の女の子。
 シュッと通った鼻筋と意思の強そうな目に、賢そうな印象を受ける。そしてそれは実際そうなのだろう。入学前だというのに、彼女はいっちょ前に杖を構えている。

「ん、」
「どうかした、レン」
「いや、窓開けてええかなぁ」

 鼻をかすめる甘ったるい匂い。原因は、部屋の角にまとめて置かれていた大量のお菓子のゴミで間違いない。どうやら寝ている間にハリーが買ったのだろう。色々なものが入り混じった匂いに、胃の中のものが出て来そうで、新鮮な空気を取り入れるべく、僕は窓を開けようと手を伸ばす。しかしさすがは歴史ある汽車、とでも言おうか。建て付けが悪いく、すぐに開かない。
 手こずってる僕の後ろで、なにやら女の子がハリーに向かってスペルを唱えている。どうやら魔法を使ったようだ。ホグワーツはまだ先にも関わらず、よくやるもんだと感心する。
 ようやく窓をこじ開けて、前に向き直ると、女の子は目を輝かせていた。

「ねぇ、あなたもしかしてハリー・ポッター?!」

 僕の横で何冊もの参考書で名前を見たの、稲妻の傷がどうだの、例のあの人がどうだのなんだの、興奮したように言う女の子に、ハリーは苦笑して頷いているけど、僕はイラっとした。
 向き直ると、寝起きの勢いで思わず口に出す。

「なぁ、君。随分ご本で勉強してはるんやねぇ」
「…あら、ありがとう。あなたは?」
「僕はハリーの従兄弟でレン。君、入学前にわざわざ同期の部屋に来て魔法使って、人の過去ベラベラ喋って。余裕があってよろしいなぁ」

 そう言ってにっこり笑うと、女の子は眉間に皺を寄せた。やはり賢いらしく、真意をしっかりわかってくれたようだ。一方で女の子の前、僕の斜め前に座る赤毛の男の子はイマイチ言葉の意味がわかってないらしく、ハリーから耳打ちされている。

「あれはね、ロン。いけずって言ってね、遠回しな嫌味を言ってるんだ。レンは昔から得意でね」
「なるほど、さっきのはなんて言ったんだい」
「今のはたぶん、わざわざ同期の部屋まで来て見せびらかすなんて暇だなぁ、って言ったんだ」
「わお、君の従兄弟、超シニカルなんだね!」

 こそこそと話しているが、女の子の耳にも筒抜けだったらしい。
 端整な顔が赤く染まってくるのが目に見えてわかった。

「何!?いけないことしたかしら!?」
「君のお勉強が出来るその頭でわからんのやろか」
「…私、あなた嫌いだわ」
「別に君が僕を嫌いやろうとどうでもええよ。君がその勉強できる頭を自慢するんも勝手。やけど、それに僕の従兄弟を付き合わせんといて貰えるか。君にとっては教科書の中の出来事でも、ハリーにとっては実際の記憶なんやよ」

 すっと真顔に戻り、鳶色の目を見つめる。ビクッと肩を揺らした女の子は小さな声で謝ると、そそくさと出て行ってしまった。2人は呆気に取られた様子だったが、ロンは女の子が出て行くと口笛を吹いた。

「やるねー、レン。ていうか君ハリーの従兄弟だったんだね」
「レン、君が怒ることなかったのに」
「いいや、よくやったよ。あの偉そうな態度、ぜってぇ嫌われるぜ」
 ロンが手を差し出したので、軽く握る。ハリーは困ったような表情で見てきたけど、僕は知らんぷりを決め込んで赤毛の男の子、ロンを向き直った。
「挨拶もせんと寝とってごめんなぁ。さっきも言ったけど、僕はハリーの従兄弟でレン・皇・エヴァンズ」
「ボクはロン。ロナルド・ウィーズリー。レンはどこの出身?イングランドかい?」
「いや、僕は生まれはこっちやけど、育ったんは父の国なんよ。日本いうんやけど」

 知ってるかな、と聞く前にロンは口を大きく開けてテング、とつぶやき「オーマイゴッド、」とお決まりの呻き声をあげて両手で顔を覆った。ハリーが驚いて身体が揺れるが、膝の猫はピクリとも動かず熟睡してる。

「ど、どうしたのロン…」
「なんや君、日本にトラウマでもあるんか」

ハリーがどうしたんだい、と顔を覗き込むとロンは勢いよく顔を上げた。

「トヨハシテングを知らないのかい!?日本のプロチームじゃないか!!」

 そっかあのトヨハシテングの国から来たんだね!!とロンはニコニコと去年の世界大会はね、と話し始める。ハリーが引き気味にそれを聞いている。クディッチのクの字も知らなかった僕らはその勢いに曖昧な相槌を打つしかない。
 正直なところ、彼の話が面倒になった僕はその相手を従弟に任せることにした。

「ごめんロン。僕、時差ぼけで。寝さしてもらうわ」

その話はまた後で聴かせてや、と言うと僕は再度襲ってきた眠気に身を任せた。




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