a long time ago
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昔の話をしましょうか。少し長くなるけど、起きていられるかしら。小さな彼女の孫たちは一生懸命こくこくと頷いた。なにから話しましょうかねぇ。そう言って年老いた彼女は穏やかな笑みを浮かべた。
「リリー、そっちは危ないだろう?」
「あら、そんなことないわよ。案外ビビりなのねアイリス」
リリーとアイリスは一つ違いで、どこに行くのも一緒の仲のよい姉妹だった。おてんばで活発な姉のリリーとおとなしく聡明な妹アイリス。お揃いの服を着て、ピクニックに出かけることも多かった。
「そういえば今日、隣の家に人が越してくるらしい」
「まぁ!それは見に行かなくっちゃ!」
アイリスはそそっかしい姉が芝生を駆けていくのを見ていた。彼女の燃えるような赤い髪が、春の太陽に照らされる。
「あいつか」
家の茂みから、隣家の庭を覗き込む。厳しそうな母親の後を追って、黒い髪の男の子が家の中に入っていく。
「暗そうな子ー」
リリーの声が案外大きいので、アイリスは慌てて彼女の口を押さえた。しかしすでに遅く、暗そうな男の子はこちらを見ていた。
「リリー、なんとかしろよ」
「わかったわ!」
は?そういう前にリリーは隣からいなくなっていた。ニコニコとその暗そうな男の子に話しかける。リリーのそういう無防備で、大胆なところはアイリスは嫌いじゃなかった。けど、いつもあの調子なのはいつか身を滅ぼす、同時にそう思っていた。
「今日はセブルスったら、森の秘密基地の入り口で転けたのよ!」
暗そうな男の子、セブルスは姉の話に頻繁に登場するようになっていた。アイリスと一緒に遊ぶこともあったが、セブルスはリリー以外に冷たかった。それではアイリスは面白くない。
「そうか。鼻血でも出せば面白かったのに」
「出したわ!でもすぐ止めたの!」
「………」
まさかな、と思いながら、内心合点がいった。アイリスは読んでいた本を置いて、リリーに向き合う。
「リリー。セブルスは、リリーとおんなじなのか?」
「あ…」
「軽々しくその能力を使わない方がいいって言ったろ」
やはり。魔法だか超能力だか知らないけれど、彼も不思議な力が使えるようだ。
「…だってセブルス痛そうだったんだもの」
「膨れたって可愛くない。私たちは人間なんだから。そんな能力使わなくたって消毒して薬を塗っておけば治る。下手にその力を使って、悪い大人に見られたらどうするんだ」
「ちゃんと基地の中で使ったし、見られないように気をつけたわ。セブルスは上手に力を使うのよ」
「…もし見られたら、テレビ番組に連れて行かれて見せ物にされたり、研究所に連れて行かれて解剖されたり、」
「いいわねそれ!おもしろそうだわ!」
ため息をつく。この姉には何を言っても無駄なようだ。
それからもリリーはセブルスと遊んでいた。頻繁にあの能力を使っているようだ。
「アイリス、空手の時間に遅れるわよ」
「ああ、母さん」
アイリスが空手を始めた理由を、リリーは知らない。
数ヶ月後、リリーの11歳の誕生日。とある手紙が全てを変えた。
「ホグワーツ魔法魔術学校?」
我が家に魔女を授かった!はしゃぐ両親。なんだそれ、この国じゃ最近まで魔女狩りだのなんだのあったろうに。
「どうするんだ、リリー」
「どうするもなにも行くしかないわ!」
きっとセブルスも一緒だわ!そう言って嬉しそうにはしゃぐリリー。彼女の周りで夕食のチキンが浮いている。
「じゃあ家を出て行くのか」
「そうね!」
寂しい、などと言えるはずもなく。早速荷物の準備を始める姉を、アイリスは呆れた顔で見ているしかなかった。
「アイリス姉ちゃん」
「ペチュニアか。どうした?」
アイリスの二つ下の妹、ペチュニアが泣きそうな顔でやってきた。
「なんでリリーだけなの?なんで私も一緒じゃないの?」
ああ、この妹は末娘らしくロマンチックで夢見がちだった。魔女やら王子様やらに憧れている。さて、どうしたものかと考えて、直接聞いてみれば良いじゃないかと思い至る。
「そうだなぁ。じゃあ私と一緒に校長先生にお願いしてみようか?」
「お願い?」
「ああ。お手紙を書くんだ」
書く!そう言ってペチュニアはどたばたと自分の部屋のある二階へ向かい、お気に入りの便箋とペンを持ってきた。
「親愛なるアルバス・ダンブルドア校長、」
真剣になぜ入れないのか、なぜ力がないのか、頑張ってペンを進めるペチュニアをアイリスは微笑ましく見つめる。
「姉さんは書かないの?」
「そうだな、ちょっと書いてみようか」
そうして出来上がった手紙を、リリーに来た手紙にあった住所に送った。魔法使いの学校にどうやって届くのかわからなかったが、どうにかして届くのだろうとアイリスは静観する。
「アイリス!」
翌日。ただいま、という前に妹が抱きついてきた。どうやら泣いているらしい。手に持っていた胴着を棚の上に置いて、ペチュニアの肩を叩く。
「どうしたんだペチュニア、そんなに目を腫らして」
ひっくひっく、としゃくりあげながらペチュニアは握りしめていた手紙を見せる。
「校長先生からぁ、っく、ひっく、手紙が、届いたの!」
読んだ形跡のある手紙を手の中から取って読んでみると、丁寧な文面でペチュニアが入学出来ないことを書いてあった。
「そっか。残念だったね、ペチュニア」
「どうしてぇ。私の方が、リリーより、勉強できる、のに!」
泣き続けるペチュニアの肩を抱いて、リビングに向かう。テーブルの上に未開封の手紙があった。どうやら校長先生は私にも手紙をくれたらしい。意外にも丁寧なもんなのかとアイリスは感心した。
「昨日送ったのに、随分働き者なんだな、魔法使いの郵便局は」
コウモリかフクロウかな。とジョークを言うアイリス。けどペチュニアは黙って泣き続けていた。どうしたものかと考えて、一番簡単な手段に出ることにした。
「ペチュニア、よく考えて見ろ」
そう言ってペチュニアの頬を挟み、目を見つめる。
「魔法使いになったら、芋虫触らなくちゃならないんだぞ。しかもそれを刻んで鍋に入れるんだ!」
「え!?」
「それだけじゃない。薬を作るために、蜘蛛の足の毛や、コウモリの目玉を取らなきゃいけないんだぞ!」
「ひぃ!?」
「リリーは馬鹿で怖いもの無しだから、大丈夫かもしれないけど、ペチュニアは可愛い優しいし、虫なんて触りたくないだろう?しかもその虫を殺してしまうんだよ?」
ペチュニアは真っ青になっていた。後一押しかと、アイリスは新たなネタを考える。
「しかも魔法使いはいいやつばっかりじゃない。怖いこともたくさんある。きっと、ペチュニアみたいな可愛い子が街を歩いていたら、攫われて、血を全部抜かれて、ミイラにされて、ガラスケースに飾られてしまうよ」
「いや!」
「だろう?だから、ホグワーツには馬鹿で怖いもの無しで可愛くないリリーが行くんだよ」
私たちは、こっちで金持ちでハンサムで優しい男の人を見つけよう。そう言って、ペチュニアと笑う。ペチュニアもどこかで納得したのか、最近気になる学校の先生の話をし始めた。あれ、年上好きだったかな、この子。
夜、自分の部屋で、アルバス・ダンブルドアからの手紙を読んでいた。そこにはペチュニアと同じく魔法使いとしての適性が無い旨と、簡単な質問に対しての答えが書いてあった。
「魔法魔術学校ねぇ」
そんな絵本のような、子供だましのようなことがあって良いのだろうか。
リリーが入学する日、連れて行こうとしていた両親を説得して私とペチュニアは留守番する事にした。おそらく、思ってる以上に魔法使いの世界は魅力的だろうから、憧れさえ、しなくていいように。
[20140914]
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