牛乳と太陽と心強さと
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どんっ、と目の前に勢いよく置かれた、瓶。騒がしかった食堂が、一瞬静まる。そしてその後、吃驚したような、若干引いたような、小さなざわめきが広がっていった。うん、恥ずかしい。

今日は合宿二日目。軽い朝練の後の朝食。広い食堂は爽やかなはずのテニス青年達がひしめいているのだけど、正直この数の多さだと男臭くて敵わん。うちの学校は線ほっそい人が多いけど、千葉とか東京の学校になかなか体格のいいあんちゃんがおる。だからか知らんけど、むさいねん。なんで幸村先輩とか柳先輩とかあない涼しげにいられるんやろか。柳先輩、実はあの長ジャーの下、裸なんちゃう?

とーか、現実逃避してみても、やっぱり消えない牛乳瓶。どうやら幻影ではなかったようだ。気を取り直して目の前の瓶をまじまじと見つめる。ラベルには牧場で草を食べてる牛が描かれていて、やっぱりか、と落胆よりも苦笑じみたような感情がわく。

「ノルマは1日2リットル!!」

そう言って眼前で微笑むのはスポーツトレーナー志望で立海大スポーツ学部の山内さん、通称山ちゃん。今回の合宿で、ウチ専属のトレーナーさんのうちの一人。150ない小柄な体型ながらも、ハキハキとした物言いと意思の強さが特徴なショートヘア美人さんだ。スポーツ好きにも関わらず、低身長だということに悩んだあげく、サポーターの道を選んだ、なかなかたくましい人。

「ほんまでっかぁ」

ほんまほんま、そう言いながら山ちゃんは牛乳のラベルを剥ぐと、どこから持ってきたのか、ビールジョッキを取り出した。

「なんやの、それ」

「四天の監督さんがくれたのよー」

あの印象深いチューリップハットと無精髭を思い出す。何してくれてんねんオサムちゃん…!!

白い液体が並々と注がれたそのジョッキを、はいと渡される。と、その時。向かい側のテーブルで席を立つジャッカル先輩と目があった。先輩…!!助けてください…!!そんな視線で訴えるも、ジャッカル先輩は爽やかに苦笑を返すだけ。ちっくしょう!!いい人過ぎてどつけへん!!赤也やったら遠慮無くどついたんのに。なーんて頭の中ではコントが行われつつ、誰も助けてくれへんから、ジョッキ一杯の牛乳をちびちびと飲み干した。うん、うまい。



さーて、うって変わってあっつい太陽の下、今日もテニス部の為に働いとります。テニス部の為に。大事なことなので二回言いました。12時回って一段落ついたとこ、慶次兄ちゃんが叫ぶ声が聞こえた。

「水分補給した者から外周三周、身体冷やさないうちに行ってこい。」

選手から小さく悲嘆の声が漏れた。ウチはマジかよ、と呟くバンダナくんにタオルを渡しながら苦笑した。今、午前の練習が終わったとこ。身体作りのための基礎練をこなした後、軽く打ち合い、そして試合。ウチはその間、併設されてる屋外のバスケットコートで同じように基礎練したり、山ちゃん相手にワンオンワンしたりした。

バスケしとるとほんま思うんやけど、テニスってムズない?なんであない小さな球打てるん?ウチ、慶次兄ちゃんに付き合わされて一時期テニスしたんやけど、正直ウチにはテニスは向いてない。

たった6キロだ。ブーたれてっと増やすぞ。と言って、鬼、もとい我が立海の監督である我が叔父は、そこらへんにいた選手のケツを押すように蹴った。

「お前らー、陸より後ろになったやつもう一周だから」

ウチに視線が集まった。嫌ん、そないに見つめんで、淡々と言えば四天宝寺のパツキンさんになんでやねん、と言われた。もっとノリノリで言わなきゃあ、と同じ四天の眼鏡さんが体をやたらくねくねさせながら言ってきたので、アンタはノリすぎや、と突っ込んだった。

「陸、ラスト一周になったら走らせる。それまでストレッチな」
「あ、まじなんすか」

選手は次々出発していった。バスパンに着替えたウチは、コート整備やコップを洗浄する他のスタッフを横目に柔軟を始める。バスケ部揃いで作った背に"立海籠球"と仰々しく文字が並んだ黒の練習着に、膝が隠れるほどの丈で、側面に洒落たデザインの入った白地のバスパン。脹ら脛には引き締めるためのスポーツハイソックス。膝には黒いサポーター。

本気モードじゃん、と声をかけてきた羽原さん(イケメントレーナー23歳)に、もちろんっすわ、と答えた。そのまま羽原さんが柔軟を手伝ってくれる。

陸、そろそろ行くぞ。
慶次兄ちゃんが叫ぶ。あいよー、返事をして立ち上がった。羽原さんの無理だけはすんな、という声を背にランニングコースへ向かう。

「コイツより後ろはもう一周だかんなー」

慶次兄ちゃんは叫んだ。カラフルな練習着が通りすぎていく。

「そりゃ負けれんなあ」

呟くウチに、慶次兄ちゃんはぼそっと、抜かされんなよ、と言って背中を叩いた。スタートだ。

先頭はだいぶ先を走ってるらしい。走り始めは、ちょっと飛ばし気味に。青と白に赤いラインの入ったユニの人と、黄色に緑の草のような模様が入ったユニの人を抜かす。わざとらしく声をかける。お疲れ様っす〜、とかお先っす、とか。嫌なやつやなぁ、ウチ。

10人ほど抜いたところで、間が空いているのかしばらく誰もいない。ウチはというと膝の痛みは少ないものの、全力ダッシュできるまでいかない。ちっ。とりあえず前に追い付こうと、ペースをあげる。バスケ部が走りでテニス部に負けるかい。見えてきたのは

「どうも、向日さん。お先っす」
「げっ、風早、クソクソっお前、はぁ、抜かすんじゃねぇよ、はぁっ」

そう言われましてもね。向日さんは昨日の練習でちょっと絡まれてから、知り合いになった。いつも羨ましげに見上げてくるのが可愛い。

「え〜、せやかてテニス部には負けられへんでしょ、」

バスケ部としては。
「ほんなら、」そう言って向日さんの背をポンと叩いて横を走り抜ける。年上にいう台詞やないけど、かわええねんあのひと。


「陸〜っ」

しばらくすると、後ろから名前を呼ばれた。てか、叫ばれた。チラッと見れば赤髪のガキンチョ。げっ、なんやのん、あの四天の一年。ほぼダッシュのウチに追い付こうとか。

「上等や」

更に腕を大きく振りペースを上げるも、なぜかテンションを上げた赤髪のガキがどんどん近づいてくる。なんやのん、このこ…。

「追い付いたで〜」
「げぇ、自分速いなぁ」

ウチを見上げながらにしししっ、と笑う。

「白石が、陸に勝ったらたこ焼き買ってくれる言うたんや」
「ほんまかいな。」
「だから、わい頑張んねんっ」
「さよか、」
「おんっ」

赤髪の彼は更にペースを上げて行ってしまった。負けられへんなぁ。さらに走る。

と、その時、膝に鋭い痛みが走った。あ、ギャグやないで。ウチも走ってんねんけど、痛みも走ってんのね。

「うがぁ…なにしてくれてんねんウチの膝…。痛くない、痛くないでぇ…」

堪えてしばらく走ってると、慣れてきたのか楽になる。がんばらな。うちかて神奈川代表なんやし、多分Uー15にだって召集かかるから、日本代表やねんぞ。こんなとこで、たかがテニス部に負けてたまるかい。

ラスト500ってところで前に3人発見。よし、追い抜いたる。

「どもっす」

「あら、風早さん、やないの、速い、のねっ」

四天との遭遇率が高い。坊主さんとユウジ、それから青学の眼鏡さんがいる。ユウジは一瞬嫌そうにこちらを見て、顔を背けた。目を合わそうともしない。…いつまで拗ねてんねんアホ。三年ぶりの幼なじみとの再開はどうやら苦い思い出になりそうだ。なんて、頭の片隅で考えた。

「さっき、元気なちびっこに追い抜かれたんですけど、まだ先なんすかね?」
「金太郎、さん、なら、先に、行かれ、はりました、え」
「ほんまですか、そらがんばらな」

ほんなら、と言って横を走り去る。後ろから、待って〜という坊主さんの声が聞こえたが無視する。うちかて慶次兄ちゃんからどやされるんは勘弁や。

さて、あと200ぐらい。前にまだゴールしてないのが10人近くいるらしい。さっき慶次兄ちゃんが全員抜かせと言ってきたので、ペースを上げた。全力ダッシュだ。今視界に見える選手は5人。まず1人、紫のユニ。横目でウチを見て、あからさまにげって顔しよった。後ろから追いかけてきてるのがわかる。

「待ち、や、がれ」
「だーれが待つかいっ」

次は青学、四天を抜かす。同じように火がついたのか、ダッシュで追いかけてくる。

「あかんあかんあかんっ、来るな〜」

7人くらい引き連れてゴールに走る。いつの間に戻ったのか、慶次兄ちゃんが抜かされんなよ〜と叫んだ。もう走り終わってる面子が野次を飛ばしてくる。前方に死にそうになってるもじゃ頭が見えた。さらにダッシュ。後ろを引き離す。赤也に並んだ。

「お疲れさん、赤也」
「げっ、てめ」
「せやけど残念、もう一周や」

そう言って抜かしたが赤也も食らいついてくる。風早やったれー、という気だるげな仁王先輩の声が聞こえた。さすが王者立海と言うべきかか、先輩らはみんなゴールしている。まぁバスケ部はもっと速いけどな。

あと10メートルといったところで、地面を強く蹴った。赤也その他を一気に引き離して、そのままゴールイン。

「うっしゃー、山ちゃんウチやったったでー」
「お疲れ様〜、よく頑張ったね〜、はいタオル」
「おおきに〜」

後ろでお前らはもう一周だ、と叫ぶ慶次兄ちゃんの声が聞こえた。赤也が前を走り抜けていく。赤也ファイトーと叫ぶとうるせえ、と言われた。

竜崎さんからドリンクを受け取り、立海が集まってる日陰へ向かう。

「先輩ら、おつかれさまっす。ジャッカル先輩隣良いすか?」
「おう、お疲れさん。いいぜ」

ドリンクは冷たくて美味かった。

「ジャッカル先輩が一番ですか?」
「まぁな」
「さすがっすね、すぐ先輩らのとこまで追い付いたろ思うてたんですけど。」

「まじかよ、俺もまだ体力は落ちてねぇよ」

ジャッカル先輩は優しい。テニス部の先輩の中で一番好きだ。

「ふふ、陸ちゃんこそ男子のなかでよくそれだけ走れるよね?」

もはや男だよね。
対する幸村先輩はウチに対する態度がひどいと思う。仲良くなったと思ったらコレだ。巷で人気のツンデレですか。

「先輩失礼っすわ、バスケ部舐めんといてください。試合中は40分間ほとんどダッシュっすよ。体力ないとやってけませんもん」

そう話していると後ろから「陸っ」と言って飛びつかれた。誰だと思えば、見覚えのある、元気な赤髪ちびっこ。

「おお〜っ、自分めっちゃ速かったなぁ」
「おんっ、わい遠山金太郎言うねん」
「そ〜、よろしゅうな。金ちゃんでええ?」
「おんっ、陸のお陰でたこ焼きゲットやで」

話してると、後ろからイケメンオーラを放ってるお兄さんが出てくる。四天宝寺の部長白石さん。昨日から思っていたけど、怪我でもしたのか、腕に包帯を巻いてる。

「自分速いなぁ」
「いやいや、ウチはたった2キロでしたから」
「それでも謙也とあない走り合える女子そうそうおらんで」
「ああ、最後に抜かした人ですか」
「おん、あのパツキンや。アイツ短距離はいけんねんけど、長距離死んでんねん。最後はダッシュしよったから、まさか自分がそのままゴールしてまうとは思わんかったわ」
「いやぁ、そんな言われると照れますわぁ」

ウチバスケ部やから、走り込みはかなりしとるんで、と言う。

「え〜っ。陸バスケ部なん!?」
「そやで、金ちゃん」
「え、じゃあなんでマネージャーしよるん?」
「あぁ〜、まぁ簡単に言ったら、うちの鬼にリハビリを口実に嵌められたっちゅうんがしっくりくるかな」

その様子を見ていた幸村先輩が「鬼だって、言いつけるぞ」っと呟いた。殺生なんで辞めてください。

和やかに話してると4週組が帰ってきた。ほんならスタッフに戻ろうか、としたところで後ろから肩を掴まれる。

「陸はそのまま医務室に連行すっぞ」

「げっ。羽原さんのいけずっ」

「なんとでも言え。調子のって走りやがって。」

バレてました。

20120830

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