理解者がまた一人
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「オサムちゃんもめんどいこと頼んでくれたわ〜」

先ほどほろ酔いの顧問から手渡されたのはトレーニングルームの鍵。本来であれば顧問が閉めるべきらしいのだが、酔ったまま一人で行かせるわけもいかず、かと言って他校の先生やコーチに任せるのも情けないと思い、施錠係をかってでた。現在の時刻は11時30分。消灯が12時。鍵を閉めて、オサムちゃんのところに鍵を返して、ついでに小言を言って、部屋に戻ってストレッチして就寝。頭のなかでスムーズに動けるよう次の行動を思い浮かべる。

「あれ、まだ誰か居るんか…」

照明の光が漏れるトレーニングルーム。開け放しのドアから中を覗けば、長身痩躯の人物がマシンに股がって自転車漕ぎをしている。荒い息づかいとマシンの音だけが部屋に響く。冷たさを感じさせる無機質な部屋には、その人物から放出される熱が充満しているようにも思った。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

俺には気づきもしないようで、真剣な横顔から滴る汗は頬から顎をつたって下に落ちる。呆けるように立ちっぱなしになっていた俺は、ふと我に返り歩を進めた。気配を感じ取ったのか、彼女、風早陸が顔をあげる。

「あれ、居は、ったんですかっ。もしかしてっ、もう、ココ、閉めっ、ます?」
「お、おん。」
「スンっ、マセン。さっさ、片付け、ますんで」

マシンから飛び降りるようにするが、長時間の練習で意識が朦朧としてるのか、足取りが覚束ない。昼間までマネージャーだと思っていた風早さんは、マネージャーではなく選手、強豪立海女子バスケ部の、しかもキャプテンらしい。ランニングやダッシュなどのメニューを立海の連中に混じってやっていたのは、そのせいなのだそうだ。足を故障と聞いたが、はつらつとした彼女は痛い素振り一つ見せずにマネージャーを手伝っていた。

「大丈夫?フラフラやで」
「大丈夫、っす」

そう言ってエナメルに荷物をまとめる風早さんの背からは蒸気さえ見えてしまいそうで、その熱に俺は半ば唖然となった。全国上位常連立海女子バスケ部の次代のキャプテンにしてUー15のエース。かなりの実力者にして努力家という噂、それに違わぬ圧巻の雰囲気を、彼女は纏っている。ふらふらとエナメルを背負った姿があまりにも頼りなくて、俺は思わずエナメルを奪った。

「へ、あ、スンマセン」
「構わへん構わへん、こんくらい男に持たせなあかんわ。ちなみに、何キロ漕いだん?」
「ええと、30キロぐらい、ですかね」
「うっわ〜、ようやるね」

30キロて。謙也に言ったら腰抜かすやろな。やっぱ40分走りっぱなしのバスケは、ちょくちょく休めるテニスとよりも体力要んねやろな。

「そんくらい、せぇへんと、全国なん、獲れませんから」

はにかむようにして控えめに笑う彼女の顔には、結果に裏付けされた自信というものがありありとうつっていて、なるほど立海で主将を努めるだけあるなぁ、と俺は感じた。競技は違えど同じように全国を目指す者として、風早さんに共感したし、素直に尊敬した。

ポケットの中で、先ほど閉めたトレ室のカギを弄りながら、隣の彼女を盗み見る。俺と変わらん身長だけど、体の線はまだ細い。そんなことを呟けば、風早さんは苦笑いして筋肉がつかないことに悩んでることを打ち明けた。足の治療と並行して増量もやっていくんだそうで。いっこしか歳かわらんはずなんやねんけど、そのストイックさにはまいる。

「じゃあ、自分氷室センセのとこ寄っていかなあかんので、」

宿泊棟のところまで一緒に来ると、風早さんはエナメルを俺から奪った。持たせてしまって本当スミマセン、どうもお世話になりました、そう言って風早さんは背を向ける。

「風邪ひくなやー、」

なんて言ったらええかわからんくなって、ロビーを出ていく背中にあわててそう言う。ダサいな、俺。そのまま行ってしまうだろうなと思った風早さんは軽やかに振り向いて、

「白石さんこそ!」

叫んだ。

なんや、オサムちゃんにパシられてイライラしてたこととか、今日の練習がうまくいかなかったこととか、いろいろな胸の混濁がさっと振り払われたような感覚。
昼間話した時もそう思てんけど、不思議な子やなぁ。

ポケットから出した鍵を人差し指で回しながら、俺はどこかすっきりした気分でオサムちゃんに説教するべく、駄目監督の酒臭い部屋に向かうのだった。


20130710


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