本当は×××たいのです
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「島原さん、だよね?」
「はぁ」

いくぶんか目線の下にある意志の強い瞳。眩しいな、そう思ったのは一瞬のことで、その気持ちを面倒くさいと思うことで、自分のなかに湧いた感情を無意識に殺していた。こんな自分がいることに、どこか苦々しくなる。それは舌打ちというよりは、拳を爪が掌に食い込むまで握り込んでしまうような、悔しい感情だった。

「立海中の出身なんだって?」
「まぁ、はい」

ああ、その話か。なんて頭の隅で思う。危険信号、危険信号。流されるな、わたし。
放課後、各務と話していたところにやってきた、三人のバスケ部三年。危険を察知したのか、各務は部活あるんで、と早々と逃げてしまったし。あんの裏切り者め。部長さんだという明るい先輩が、親しげに話を振ってくる。あの人知ってる?だとか、立海の監督さんどんな感じ?イケメンだったよね、だとか。あくまで失礼にならない程度で適当に応える。だって目的はわかってたから。すみませんが、わたしは、もう、コートには戻らないですよ。そう言えたらよかったけど、喉が焼けるように熱くなって、言えない。なんでだ、なんでだ。答はどこかで解っていたけど、それに目を瞑って、いじけたようにして、わたしは大切なものから逃げていく。それでいいじゃないか、と何度も自分に言い聞かせてる。だから、ちょっと放っておいてくださいよ。

そんなことを思って胸が痛くなったとき、突然、目の前が暗くなった。別に倒れたんでもなんでもなく、やたらでかい図体がわたしの目の前にそびえ立つ。

「お前が噂の一年か」
「…は?」

目を惹かれる特徴的なアフロと髭、190近いだろう長身に少しばかし太った体。小さい目が無感情に、けどかなり威圧的にこちらを見下ろしている。

「ちょ、花園!?」
「…」
「お前よりか、うちのチームのほうが強いぞ」
「はぁ…」
「負けてないと思うんだったら、今から体育館に来て、こいつと勝負することだな」

そう言ってアフロ先輩が後ろにいた女子の先輩の肩を掴んで引き寄せた。アフロ先輩の顔がにやけてたのが気持ち悪い。やっぱ見た目通りの中身なのか。

え、あたし!?と肩を掴まれた先輩はビックリしてる。セクハラよろしくアフロが肩に置いていた手を、然り気無く振り払ってる。あ、この先輩は球技大会のときの人か。たしか、マルだかハナだかのコートネームだったはず。ショートカットの似合う、爽やかだが華のある顔立ち。化粧がばっちりなところが、俗に言うところのJKっぽい。運動部のくせにさ。なんて、わたしが運動部が活発な立海から来たから思うだけなのかもしれないけど。けど、あんまり仲良くなれるタイプじゃなさそう、とは思う。

じゃあ、そういうことでいい?という先輩の声で意識が浮上する。

「勝負、するんすか」
「うん。私も自分がどこまで出来るか知りたいし」

やぶうちまどか。そう名乗ったこの先輩は、まっすぐに、バスケが好きなんだ。なんて羨ましいこった。

体育館に行く道すがら、部長さんからいくつか質問される。前に藪内先輩と男子の先輩、横に部長さん、後ろにアフロと小柄な女子の先輩。…逃げ場ねぇ。

「ちなみに小学校は?」
「東京の、秤第一です」
「秤一小!?こないだ関東大会優勝してたとこじゃないですか!?」

後ろの小柄な女子の先輩が声をあげる。

「あー、私の代は都大会止まりだったんですけど、最近また力つけてきてるみたいで」

感心したように唸る部長さん。私は右手の体育館シューズとジャージをやけに重たく感じながら、これからの展開を想像して、ため息をついた。

「ワンオンワン、ね」
「はぁ」

自信があるのか、藪内先輩は笑ってボールをわたしにパスする。受け取って、感触を確かめて、緩かった体育館シューズの紐をきっちりと結んだ。はきなれたバッシュほど安定感はないが、二度と履くまいと押し入れの奥に追いやってしまったから仕方ない。適当な倉庫を借りて着替えたジャージも、体育館もコートも、どこか他人行儀な感じがして仕方がない。それは当たり前か、バスケをわたしは裏切ったんだから。

「足、何センチ?誰かに貸してくれるよう頼もうか」
「…いや、いいっす」

バッシュというものには、使い込んだ人間の魂みたいなものが乗り移ってるような気がしてならない。それはバッシュだけの話じゃなくて、ボールとかタオルとかリストバンドとかも同じ。想いを込めれば込めるほど、魂の力みたいなのを吸って、道具は輝いて持ち主を助長してくれる。だから、そんな「想い」がこもった道具を、わたしみたいな中途半端な人間が受け取って良いはずがない、そう思った。

いつの間にかギャラリーが増えていて、居心地の悪さを感じながら位置につく。半年ぶりの緊張感。

アフロ先輩がどこからか出した笛を吹いて、小さな勝負が始まった。




「正直に言っていい?」
「…どうぞ」
「あなたみたいな人、一番ムカつく」

息を整えた藪内先輩は、苦笑のようなけど爽やかな笑みで話しかけてきた。結果だけ言えば勝負は、わたしが勝った。オフェンスも難なくゴールを決めたし、ディフェンスもスティールが上手くいった。立海の奴らと比べたら藪内先輩には悪いが、彼女のレベルは格下である。けど、なんだろう。胸にこびりついて消えない、この苦々しさ。藪内先輩は続ける。

「自分が大好きで大好きで仕方ないものがあって、上手くなりたくて練習しても、なかなか上手くなれなくて。なのに、その自分が大好きで大好きで仕方ないものを大嫌いって言ってる人が、自分よりずっと上手くて」
「…」
「バスケ嫌いって嘘でしょ?」
「…確かに、バスケを嫌いにはなれません。けど、バスケをしてる自分くらい、せめて嫌いになりたい」

失礼します、そう言って体育館を去ろうとする。力抜けば良かった、真剣になんてしなきゃ良かった、そんな思いが胸を渦巻いた。けど、わたしは本気で向かってくる人に手を抜けない。それが陸と、わたしの唯一似てるところ。本気には本気しか返せない、そんな性質を持ってる。それがスポーツマンっちゅうか、本気の相手への精一杯の礼儀やろ。そうやって笑う陸を思い出したそのとき、体育館の扉が開いて誰かがら失礼します、という声とともに入ってくる。目を丸くするとは、こういうことか。私にはそれが誰だか、遠目にもわかってしまった。

「よう、真由美」

ニカっと笑う、懐かしい顔。紛れもない陸だった。





20120612

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