傷心者ストリート
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たぶん、それは俺のその後の人生に深く関わっていく出来事だったんだと思う。天才的な俺でも、やっぱり傷は大きかった。関東大会で、確実に格下だと思っていた青学にやられ、さらに全国でも青学の一年とやらに、俺ら立海はねじ伏せられた。彼らを侮ったわけでもなく、軽んじたわけでもない。俺らは俺らの持てる限りの力を出し切った上で、彼らに敗退したのだ。それが悔しい。


いっそのこと、誰かのせいに出来ればよかった。例えば俺たちに、力が半分しか出せなくなる虫がついていてその虫のせいで俺たちが負けたんだと言うことが出来るなら、俺はどんな手を使ってでもその虫を見つけ出す。決勝で立海が負けたのはお前のせいだと言って、責めて、責めて、責めて。そうしたら、どうなるんだろう。少しはこの胸の傷が、癒えるのだろうか。



「ジャッカル!!ゲーセン行くぞ、ゲーセン!」


「わりぃっ、今日は委員会なんだ。」



なんだよぃっ、ジャッカルのくせに真面目に委員会しやがって。そう言って俺はジャッカルのクラスから出て行く。



学校でもテニス部に対する目が変わったように感じる。別に立海はテニス部だけが強いわけじゃない。テニス部と並んで女子バスケや、女子のソフトなんかも全国大会で上位に入っている。その他運動部も設備が充実してるのもあり、ここらじゃ一番の強豪だ。


しかし、やはり関東大会で15連覇、全国大会で2連覇しているテニス部にかける期待は他の運動部とは、比較しきれないものがあったのだろう。それは俺たちも自覚していたつもりだったし、実際期待に応えようとした。



練習に付き合ってくれた先輩や後輩、部活のみんな。休日返上で俺たちを指導した監督やコーチ。朝早くから飯作って、栄養のある食事を意識してくれてた親。ノートを取ってくれてくれていたクラスメート。俺たちは、いろんな人の期待を背負って、全国にいったんだ。優勝することが、俺たちにできる一番の恩返しだったんだ。なのに、なのに。俺たちの夏は、もう終わった。



俺は帰路を一人寂しく歩いていく。一人でゲーセンに行くなんて事はむなしいだけだからしない。俺は、どこか物足りなく思いながら、とぼとぼと歩いていく。いつも背負ってるテニスバックが無い。それだけで、随分と違うものなんだということに、初めて気づいた。


一年のころはまだベンチ入りもしてなかった。1年からレギュラーを奪った幸村くんや、真田や柳を見ながら俺は心底羨ましくてしょうがなかった。それから必死で練習をした。ジャッカルとの相性が良かったのか、いや、もともとの俺の才能だろう。シングルスよりも俺はダブルスの方が動けるのだと知る。それから調子は鰻上りだった。憧れていたコートの上を縦横無尽に駆ける。ボールをひたすら追って、妙技を披露して。チームにとって欠かせない存在となれた。それがたまらなく嬉しいと思う。たとえ実力が無くて試合に出れなくたって、チームに必要とされるならずっと続けていられるのだと、誰かが言っていた。俺はそれを心底尊敬する。




あれ、ここはどこだっけ。



気がつけば足は見知らぬ公園まで来ていた。記憶を辿ると、ああ、あの公園だと、気づく。レギュラーになるため、毎日のように通いつめたテニスコートのある公園。どうしても忘れられない場所。俺はいつの間にか小さくなったブランコや滑り台を見つめながら、テニスコートへと足を運ぶ。そっちいったー、どこだよー。小学生の声が飛び交う。お世辞にも上手とはいえない彼らは、至極楽しそうにコートを駆け回る。ああ、俺たちはこれが足りなかったのだろうか。テニスは好きだし、自分なりに楽しんで試合を進めているつもりだったのだけれど。


ふと、視線をそらせばテニスコートの奥にあるバスケットコートが目に入る。背中に仰々しく「立海大学附属」と書かれたジャージを見つけた。バスケットコートにいるってことはおそらくバスケ部だろう。俺はソイツの背中を意味も無くずっと見つめる。その背は、立海を背負ってるのだ、とまざまざと感じさせる。

そいつは二、三回ドリブルをしたかと思うと、あっという間にゴールまでボールを持っていく。シュートをした、というところでそいつの身体が、力を無くした様に倒れこむ。


俺は慌ててコートの中に入る。スニーカーを履いていて良かったと、場違いかもしれないがそう思った。





「おいっ、お前大丈夫かよ!?」




そう言ってそいつの顔を見れば、赤也を通して話したことがある、女子バスケ部の2年エースだった。




「いったぁ・・・。すいません、あれ、えっと、テニス部の、丸井先輩・・・でしたっけ?」



彼女は体育座りを崩したようにして、コートに倒れている。ただ、片足がひどく不自然に伸ばされている。




「ああ。お前、足どうかしてんのか?」



そう問えば、彼女は眉を八の字にして「大会で、やってまいまして。」どこか関西訛りのある言葉で応えた。




「そうか、これからってときに大変だな。」



そうですねぇ。そう応えた彼女は足が曲げられないのか、ピンと伸ばしたままの足で不自由そうにしながらも立ち上がる。倒れていたときには気づかなかったが、俺よりか随分とでかい。仁王と同じくらいか、仁王よりもあるだろう。何センチかと問えば、178だという。しかもそれは春の時点での身長だから、もっと伸びてるだろう、とも言い切りやがった。赤也といい、コイツといい、ふざけてやがるぜ。



そのとき、俺の携帯が鳴った。誰だと思えば、相手はジャッカル。




「どうしたんだよぃ。」



「いや、委員会終わったからよ。どっか行きたいんじゃなかったのか?」




ジャッカルもジャッカルで俺のフラストレーションを感じていたらしい。どうやら、俺の我がままに付き合ってくれるようだ。



「桑原先輩いい人っすよねぇ。」



彼女がしみじみと言うので、ちょっとムカついた。電話を乱暴に切って、彼女に向き合う。



「来年は俺らいねぇけど、期待してっから。」




そう言って彼女に背を向ける。



「わかってます、なんたって私がキャプテンですから。」




その声をバックに俺はコートから出て行く。心なしか、身体が軽いように思う。今やっと、俺は立海大附属の文字を、彼女の背に託せたのではないかと思った。ボールどこだよぉ、泣き出しそうな小学生の声。俺は足元に転がってるボールを見つけて、笑った。ジャッカルに、なにを奢らせようか。





20110503

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