唯一できること。
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正直、辛かった。



眼球が乾いて、脳内が白くなって、心臓に針が刺さったような痛み。それはじわじわと、疼くように俺を嬲る。喉元を絞められるような圧迫感。敗北して帰ってくることが、こんなにも辛いと思っていなかった。俺は病み上がりだったから、万全の状態じゃなかったから、だなんて見苦しいほどに言い訳を並び立てては、次第に遠退いていくあの苦味にため息を吐く。




「どうかしたか、精市。」



柳が海原祭の資料を手に、俺の隣に座る。涼しげな横顔がうらやましい。もう8月も終わりだと言うのに、太陽は相変わらず俺たちをジリジリと焦がす。できるなら、夏なんてさっさと過ぎ去ってしまえばいい。若葉が赤く色づき、枯れて、落ちて、さっさと白く染まってしまえばいい。


俺は全国の後、俺自身も含めた部内の様子を見ていた。時折機械みたいだ、と感じる柳でも、久々の敗北の後は態度や雰囲気が変わるかと思い観察していた。結果から言うと、柳は変化してない。柳が静かに涙したのは、久しぶりに見たけれど、それ以来平然として引退を迎えた。ムカつくほどに、潔いじゃないか。



「なんか夏が終わったって気がしなくてね。」


俺たちの夏は、すなわち全国大会。準優勝という事実を受け入れられずに、俺はそこから動くことが出来ず、足踏みしているようだった。もう一度、もう一度あの舞台で、戦って勝って、それで初めて夏が終わる気がした。




「仕方が無い、俺たちは前に進むことしかできないさ。」



そう言って、もう前を向き始めた柳にちょっと嫉妬した。お前は悔いてないのか、あの夏を、あの時間を、あの敗北を。そう言って詰め寄りたかった。



「風早陸を、知っているか?」



衝突に柳が問うた。




「風早陸・・・。女バスの新部長?」



「ああ。二年でエースだったが、この全国大会手前で靭帯を損傷して現在リハビリ中だ。」



それがどうしたの言うのか。彼女のことは俺も一応知っていた。赤也と並んで二年エースと称される立海の期待のルーキー。俺と変わらない、いやもしかすると俺よりか高いかもしれない身長に、すらりとした体躯。直接会話したことは無いが、関西弁で話してるのを何回かトレ室で見たことがある。




「彼女は、もうこれからの立海を背負ってたよ。」



はっとする。もうその場に俺はいてはいけないのだと、改めて気づかされる。俺はいつまでも、立海大学附属中の部長でいてはいけないのだと、後輩にその席を譲るときはもうとっくにきているのだと、気づかされた。



「来年は、旗を取ってくると、言っていた。」



「はは、さすが風早さんだね。でも、」




嬉しい反面、ちょっと悔しいのって、俺おかしいかな。




柳はふっと笑う。




「おかしくないさ、俺もずっと思ってる。」




だよな。そう言って二人で吹っ切れたのか嘲笑なのか、笑った。


そうか、もうこんな時期か。俺たちの時代は、もう終わったんだな。残りの日にち、俺が後輩に教えれることを全て教えよう。そうしたら、潔く赤也に部長を引き継ごう。それが、俺がこの立海大学附属中テニス部にできる、唯一のこと。






20110423

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