…「君なら協力してく
::


「君なら協力をしてくれると思って」


そう言って彼がわたしが所属する物理学研究室を訪れたのは大学2年も半ばの頃。相変わらず世間はキラだのLだの、救世主と世界一を名乗る探偵の文字通り命を賭けた戦いに熱狂している、そんな穏やかとは懸け離れた世相で。

せっかく同じ大学に入学したのに、すれ違いもしないな、キャンパスが違うから仕方ないな、なんて思っていたのだけれど。

その日、珍しく焦った様子の夜神くんが封筒を私に差し出した。封筒には高校の名前と同窓会名簿と記されている。


「これが何か、君ならわかると思う」

「…嬉しいな、夜神くんから頼まれごとだなんて」

「よう、久しぶりだな、花ちゃん」


後ろでニヤニヤとしている死神さえいなければもっと嬉しかったのに。どうしても視界に入るそれを無視して、わたしは夜神くんに向き直る。


「お仕事は、大変?」

「ああ、詳しくは言えないが、これから先僕は身動きが取れないことになると思う。だからそのときは────」


歌のように呪文のように、鼓膜に響く彼の声をずっと聴けたらどんなに良かったろう。



───────────────



ノートに名前を書いたら死ぬ。
そのはずだったのに、謎の腕に掴まれて、彼が死んだ世界から彼がいない世界に連れてこられた。彼が死んだのと、最初からいないのとどちらが辛いか考えて、涙が出てきてやめにした。




***




「よぉ、花」

死神がやってきたのはあの新月の晩から一月がたったある日の夕方で、わたしは不満げに死神、リュークを見上げた。

「あなた、来るの遅くない?」

「悪かったよ、まさか花ちゃんが悪戯に巻き込まれてるなんて思いもしなくてよぉ」

「悪戯?」

その問いには答えず、リュークは机に広げていたデスノートを摘み上げた。ノートにはびっちりと様々な国籍の様々な人物の名前とその死因が書かれていた。確か死神がやってくるはず、と毎日地道にペンを動かしていただけに、かなりの数の名前が書かれている。

「良いのか」

「何が?」

「月のときはよぅ、鼻っから飛ばしすぎてLに住んでる場所当てられてたじゃねぇか」

「夜神くんそんなことしてたの」

覚えている。世界同時中継と銘打って行われたLからキラへのファーストコンタクト。可哀想な死刑囚を生贄に行われた大胆な挑発。確かあの一件でキラが日本の関東地区に住んでるところまで見抜かれて、なおかつデスノートの力を教える羽目になってしまった、キラらしからぬ最初の一手。

「Lもいないこの世界で誰がキラを見つけると言うの?」

「さぁな」

この世界はどうも前のところよりも犯罪率が高い。
それ故か、もしくさよっぽど警察組織が頼りないのか、世間には「職業は探偵です」なんて恥ずかしげもなく名乗る奴が少なくないのには、少し驚いた。苦笑をせざるを得なかった。キルシュ・ワイミーもいなければワイミーズハウスもない、Lもいない。それらを知るわたしからすれば血の匂いのするところに現れる、自称探偵たちはただのスカベンジャーに過ぎないのに。

「これだけ派手に犯罪者を裁いたのに、まだ生放送してくれないなんて」

もっと情報が必要だと思うの、と残念そうに言えば、死神は笑った。

「やっぱおもしれぇな、花」

キラの再現をするつもりか、死神がそう問うたので、わたしは目を丸くした。確かに、わたしは自分の中に夜神くんを見出そうとしていたのかもしれない。けれど、




「再現?違う、これは2回目」


「1回目と2回目、2回目の方が神さまだってうまく世界を作れるに決まってる」


「夜神くんより上手く、わたしは夜神くんを神さまにするの」





***




「はーなーちゃん、」

語尾に音符でも付きそうな調子で私を呼んだのは、かつての部下だった。さっきから課内がざわざわとしていたのはこの男のせいらしい。私は飲んでいたエスプレッソを置くと、ひらひらと手を振り近づいてきた彼を見上げた。


「なぜ、警備部がここに?」

「前の上司に挨拶するくらい、いいじゃねぇの」


グラサンを外した男は、嫌味な仕草が似合う男前。どさり、と半身を私のデスクに預けるように座る。図々しいところも変わっていない。課内が、「山野警視にあの態度…!?」と驚いているが、そこはあえて目を瞑る。


「相変わらずのようで」

「花ちゃんは能面ぶりが上がったようじゃねぇか。うちにいた頃はもっと可愛げがあったけどなぁ」

「気のせい」

「そんなこたねぇよ」


7年前、私が入庁して直ぐに配属された警備部での年上の部下はそう言ってニヒルに笑った。









「良い性格した爆弾犯が多いですね、この街は」

「何を今更」

遡ること、7年前。
警察庁に入庁後、研修を終えた私が配属されたのは警視庁警備部機動隊。まさかまさかの辞令に驚いたが、それよりもこの町で頻発する爆弾事件の多さの方に驚いた。

今日も今日とて現場から現場へと向かう私の隣には、煙草を吸いながら運転する班員の1人。


「花ちゃん警部も一本いかが?」

「寿命を縮めるのは奥の手と決めているので」


松田は言葉の意味を図りかねたのか二、三瞬くと真面目だねぇ、と差し出したマルボロを胸ポケットにしまった。一仕事終えたから、と許可したのがいけなかった。私は携帯を操作しながら、黙って窓を開ける。

いま現在我々警備部機動隊爆発物処理班第一係が対応に追われているのは、文字通りの爆弾魔だ。10億円という途方も無い金額を要求してきた容疑者とは現在、一課の特殊犯係が粘り強く交渉をしている。

タワーマンションに仕掛けられた二つのうち、一つの爆発物は既に横で運転している松田が起爆装置を解除したものの、もう片方の処理を担当する萩原班はまだ待機させている。


「ったく、さっさと萩原に解除させましょうよ」

「まだです。液体窒素がもうすぐ到着します。あなたが処理した爆発物がそうだったように、時限式だけではなく遠隔起爆が出来る爆弾ともなれば、一課の交渉次第で逆上して即爆破する可能性もあるので、慎重に事を進めます」


松田ははぁ、と煙と共にため息を吐き出した。
というか、私は松田の方にも待機を指示していたはずなのだが、こいつは勝手に爆弾を処理していたのだ。能力も判断力も申し分ないのに、このマイペースっぷり。出世に差し支えそうだ、と思ったが出世なんか気にするようなやつではなかったな、と思い直す。
わたしは携帯の画面を見ながら、信号待ちの間に手帳に記入をする。あーあ、と松田が呟いた。


「これだからキャリアさんは。自分の出世に響くってビクビクしてんのかい」

「…何を言われようと、この現場の指揮官は私です」

「はいはい、了解しましたよー、」

「やる気のない返事ですね」


私と松田、それから数人の処理班が乗る処理班の車両が到着したのは数年前に完成したタワーマンションで、既に現場の刑事たちによって入居者は全員避難させている。物々しい装備の処理班がもう一車両到着したことにより、現場には更に緊張感が走る。


「山野警部、!」


走り寄ってきたのは待機させていた萩原で、顔には焦りの表情を浮かべている。


「まだ動かないのですか!」

「一課が交渉を継続中です。容疑者は既に割れているので捕まるのも時間の問題ですが、既に一つは処理済みなので容疑者が逆上する可能性もあります。爆物の処理は一課の交渉と液体窒素の到着を待ってから安全に進めてください」

「しかし!」

「住民は既に避難済みです。無闇に部下を死にに行かせる指示はしません」


不満げな顔の萩原を横目に、私はぐるりと現場を見渡す。不安な表情を浮かべる住民のなかに、目的の顔を見つけて、横で指示を待つ松田の袖を引っ張った。
耳元に口を寄せる。


「なんだぁ、花ちゃん?」

「野次馬の中にいる眼鏡の痩せぎすの男、過去に爆発物所持で逮捕歴がある男です。この事件に関わっている可能性が高い」


そう小さく告げると松田は目を丸くした。さっと野次馬に目を通し、男を確認する。


「起爆装置を持ってるかもしれないので、慎重に近づいて様子を伺って。怪しい動きをした場合は、取り押さえなさい」


了解、と小さく返事をした松田を背に、今しがた到着したらしい液体窒素を詰んだ車両の元に走る。萩原と確認をしてタワーマンションの一階部分まで運ばせようとした、その時、



「は、離せ!それを返すんだ!」


松田が痩せぎすの男を取り押さえていた。思ったよりも行動が早かった。松田の手には起爆装置だろう携帯電話が握られている。萩原班にはたむろっていた住民の避難を指示して、私は吠える。


「あの男が容疑者だ!取り押さえろ!」


処理班という肩書き故、逮捕現場には慣れていない者も多いが、屈強な男たちに囲まれれば並みの人間は押し黙る。


「…ひ、ひひっ、私が屈すると思ったか!」


と、倒されながら言うこの男は爆弾魔というだけあって並みの人間とは違うらしい。胸ポケットから取り出したのは小型の爆弾で、自害用に隠し持っていたようだ。松田が蹴とばそうとするその前に、男の指がスイッチを押した。まずい。


「離れろ!」


男から飛び退く処理班、最後まで犯人を取り押さえていた松田に私が体当たりをかました直後、


ドォン


襲ってくる爆風。最悪だ。追い詰められた犯人は隠し持っていた爆弾で自害しました、だなんて。


「山野警部!!大丈夫ですか!」


萩原の声だ。私は身を起こすと、心配気に見つめる2対の瞳を見上げた。ヒリヒリとした腕の痛みに、自分が左腕を火傷したことに気づかされる。


「私は大したことはないです。住民は巻き込まれてないですね?」

「はい、中央にある公園まで避難させたので問題はありません」

「容疑者は」

「残念ながら、即死のようです」


萩原に肩を借りて立ち上がると、腕だけではなく左顔面と脚にも傷を負っていたことに気づく。破片で額を切ったのか、血が止まらない。


「悪りぃな、女の顔に怪我させちまってよ」


そう気まずそうに言ってきたのは松田で、一応の責任感を感じているらしい。


「全くです。慎重に、と言ったでしょう」

「面目ねぇ」

「ただえさえ貰い手がないんですから、」

「本当そうだよな」

「喧嘩売ってます?」


そんなやりとりをしていると捜査一課の特殊犯係がやってきた。もう一人の犯人は捕まったらしい。しかし一人は爆死、一人は捕まったものの重傷で病院に担ぎ込まれているなんて、なんて事件だ。

萩原、松田とともに事の顛末を説明していると、処理班の人間が呼んだらしい救急車が目の前に停まる。これはどうやら私のお迎えのようだ。

萩原に起爆装置である携帯を渡し、今から解体作業に入るよう指示を出す。くれぐれも慎重に、と付け加えるのは忘れなかった。

それから気まずそうな顔のまま私を見送る年上の部下をストレッチャーに乗ったまま見上げる。


「松田さん、現場は一任しますので萩原班の処理が終わるまで気を抜かないようにしてください」

「おう、」

「では、頼みました」


サイレンが鳴り響く中、私は現場を後にした。







─────治田譲 11月7日 XX時XX分
かねてより画策していた計画の顛末を確認するべく見物客に紛れていたところを、取り押さえられ、計画の失敗を悟ると絶望し、自身が所持していた爆発物を起動させ爆死。
─────塩屋正 11月14日 XX時XX分
交通事故で重傷を負い、自分が犯した罪を洗いざらい自供したのちに事故から7日後に心肺停止で死亡。







「萩原、こいつをさっさと連れていけ」

「冷たいぜ、花ちゃん警視」


スーツがシワになるのも構わず裾をふんずと掴んで、廊下で待機していたらしい仲間の前に引きずり出した。課内が再びざわついているが知ったことではない。


「すみません、山野警視。どうしても会いたいと聞かないもので」


そう頭を下げる萩野は、相変わらずこのマイペースの尻拭いをさせられているらしい。常識人は苦労する、と私はすこし萩野を気の毒に思った。


「俺は貰い手がいるかどうか確認しにきてやってるだけだっての」

「余計なお世話」


あの爆弾魔の事件以来、年が近いということもあり松田と萩原の処理班エースと呼ばれた両名は親しげに接してくるようになったのだが、打ち解けたと思ったところで私はNY市警へ研修という名目で飛ばされたのである。

そして私が警視となり、2人も警備部で相応に出世した今でも時折こうして顔を見に来る。


正直な話、1年目の駆け出し頃を知られている彼らが来るのは、現在キャリアとしてこの男所帯で肩で風を切る私にとっては迷惑でしか無い。


「先月のバスジャックもそうだけど、花ちゃん警視はやっぱうちの方が向いてるんじゃないか」

「専門じゃ無い」

「俺が教えるし」

「必要無い」


帰った帰った、と背中を押して手を振る。そんな様子が面白かったのか、松田は破顔して私の顔に手をのばしてきた。身構えると、彼の大きい手はするりと私の頬を撫でていった。


「綺麗に治ってよかったぜ、」


頭を抱える背後の萩原。
甘い顔した男前がそんな台詞を良い声で告げるものだから、課内が再度どよめいたのは言うまでもない。

***



昔の部下が顔を見せて課内をざわつかせた本日、
これはその帰りがけの事。

ここは資料室で、過去の捜査資料を返却していた私の耳に偶然、奥の書棚で話す声が聞こえてきた。



「オレだ、テネシーだ」



足音を抑え、息を潜め書簡に近付くと、そこにはつい先日、刑事部の参事官に着任したロマンスグレー。こんな時間の人気の無い資料室で電話、だなんて怪しさ満点。以前から黒い噂が絶えなかったこともあり、監察もマークしていたがこんなところで尻尾を出すなんて。



「ああ、──と──と、──はすでに処分した。───に関する情報は───に送ったから、確認を取ってくれ。それと──────」



会話に出て来た人名は、どれも先日暴力団の抗争に巻き込まれて殉職した刑事の名前だった。どうやらこの参事官、裏で犯罪組織の手引きをしているよう。そして端々に出てくる酒の名前は、コードネームだろうか。


わたしは胸ポケットからいつもの手帳を取り出すと、必要事項を書きとめる。夜神くんがFBIの女を葬った、あの巧みな文章を一言一句間違えずに記入すると、彼の前に踊り出た。


「テネシーだなんて、随分と洒落たコードネームですね?」


参事官、と言うと彼は携帯から顔を離し、驚いた顔で私を見た。


「き、君は、!」

「参事官ともあろうお方が、犯罪組織と癒着ですか」


どうしたテネシー、と言う声が参事官の携帯から聞こえる。参事官、もといテネシーは取繕うのがヘタ。そんなんでよくここまでばれなかったものだ。微笑を浮かべ、敵意はないとばかりに両手を広げる彼はとても滑稽。


「そんなわけないじゃ無いか、君は確か、」


彼が私の名前を告げる前に、タイムリミットがやって来た。彼が持っていた携帯が落ちる音が、やけに資料室に響いた。


「残念です、アメリカンは好きだったのに」


呆然と立ち去る参事官の背を見送る。優秀な彼は南空ナオミ同様、人知れず消えてくれるに違いない。

拾った携帯はまだ通話中で、画面には有名な酒の名前が表示されている。


「もしもし」

「…誰だ貴様」

「そうですね、彼がテネシーなら」


私はムーンシャインとでも名乗りましょうか、


そう通話口で微笑めば、相手は明らかに不機嫌になった。

何か言われる前に、通話を切る。




「月の光たぁ、良い名前じゃねぇか」



なぁ、花、と裂けた口を引攣らせる彼、
わたしの他には誰も居ないはずの資料室に低い笑い声が響いた。





20180502

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