…あれここは何処だろ
::


あれ、ここは何処だろう。
ガランとしたマンションの一室に私は横になっていた。
冷えたフローリングに髪がざっくばらんに広がり、
シーツのような薄い白布が私を包む。全裸だ。

「死んだの、に」

ノートに名前を書いた。
夜神くんが死んだ世界を生きても仕方なかったから。
彼の死を伝えたSPKの友人は生きろ、と言ったけれど、
神さまのいなくなった世界で息が出来る気がしなかった。

持たされていた一片の紙を取り出して、
長ったらしい本名を書いた。

天国にも地獄でもないけれど、あなたがいるなら。

なのに、40秒後に痛みは訪れなかった。

「そう、私、穴に引きずり込まれて、」

そうだ、突然現れた獣のような腕に引きずり込まれた。

ブラックホールのような、その暗闇は見渡してももう何処にもない。

現状を把握しなければ。
立ち上がり、一糸まとわぬ姿で真っ暗な空に近づく。
バルコニーに出ると、いくつかの見知った建物がライトアップされていた。

「東京、だよね」

都心部の、タワーマンションのバルコニーで、全裸の私。
この国の首都も、自分の名前も生年月日もわかる。
けれど、何故自分が生きてるかがわからない。
本当に生きてるのかもわからない。

空は新月なのか、どこにも月が見当たらない。

寂しい、悲しい。

涙が出てきそう。
おまけに冷たい夜風で流石に寒くなって、部屋に戻る。
先ほどまで横たわっていたシーツの上にあるものに気づいた。

「デスノート、」

このノートに名前を書かれたものは死ぬ。
そんな幼稚な悪戯のような文から始まる死の手帳。
引き摺り込んだあの腕は、夜神くんに憑いていたあの死神のものかもしれない。

「夜神くん、私があなたをこの世界の神にするよ」

拾い上げたノートはまっさらで、彼の匂いはしなかった。









─────────────────



 10年の月日が経った。

 救世主の再臨はまだ世間に轟いていない。
 だが、別に急がなくてもいい。

 神さまの作り方は知っている。


 たまの休日に、と私は大学時代の友人に誘われてスキーに行くことになった。遠方に住む友人とは現地集合。道具やウェアは現地で借りるため、リュックひとつで米花市役所前からバスに乗り込んだ。

 賑う車内を一通り見回して、どうせ長い道のりだからと、1番奥の席に座ろうと通路を歩く。
 その前の席は低学年の小学生5名と恰幅の良い眼鏡の男性の団体客だった。関係性が今ひとつはっきりしない、不思議な取り合わせ。遊び盛りの小学生たちをこの初老の男性1人で面倒見きれるのか。他人事だというのに勝手に心配になる。
 無邪気にはしゃぐ子どもたちの中に、見知った顔を見かけて、あれ、とわたしは内心首をかしげた。
 あれから10年近く経ってるはずなのに、彼はそのままの姿でそこにいる。最近メディアで見かけなくなったが、高校生探偵と騒がれていたと思うのだけれど。

 まぁいい、あとで考えよう、とその少年の後ろの席を陣取った。
 横にいる茶髪の女の子はミックスだろうか、とても可愛い。

***

 次のバス停、米花公園前で沢山の人が乗ってきた。

 少年たちと知り合いか、若い男性と外国人の女性は少年たちの前の席に。彼らに先生と呼ばれているから、少年たちの学校の先生かもしれない。

 そしてガムを噛んでる女性が私の対岸に。

 それから背の高いニット帽の男性が私の横に、ハンチング帽子の老人が女性の横に座った。この時間のこのバスは多いのかも知れない。
 お隣のニット帽のお兄さんはゴホゴホと咳をしている。オイオイお兄さん、せっかくの休日に風邪を移してくれるなよ。

 最後にバスに乗ってきたのは、私や少年たちと同じくスキー客と思しき男性2人組。スキー板まで持って本格的なのは良いけれど、ゴーグル今するなんて子どもっぽすぎない。

 と、思った矢先。

 バン、

 発砲音である。
 聞き慣れたそれは、休日の和やかな空気を一変させるには十分だ。

 あーあ、おじゃんになりそうだ。

 バスジャック犯たちの要求は先日、宝石店強盗で逮捕された向島邦男の解放。そういえば先日騒いでいたなぁ、と頭の隅で考える。そういえば実行犯はまだ捕まっていなかったか。

「携帯を出せ」

 お決まりのパターン、と私はおとなしく携帯を男に渡す。車内を見ると乗客は皆おとなしく従っている。休日の午前中からこんな犯罪に巻き込まれるなんて、思いもしなかっただろう。

 どうするか考えを巡らせていると、いつの間にか眼鏡の少年が犯人に怒られたり、外国人の先生(発音を聞くにアメリカ人のようだ)が脚を引っ掛けて転ばせていたりと、地道な反撃を繰り返していてなかなかこの乗客たちは強かだ、とわたしは素直に感心する。

 こうも凶悪事件が頻発するこの米花の町では、このくらい出来ないとやっていけないのかも知れない。

「やめてください!ただの子どもの悪戯じゃないですか!」

 若い男の先生が眼鏡の少年を庇って拳銃を持つ犯人達の前に出て行った。偉い。今どきこんな行動が出来る男はそう居ないだろう、私は心の中で拍手する。

 そして、前を向いていたはずのバスジャック犯たちが少年の行動を察知していたところから見るに、どうやらこの車内の乗客の中に犯人たちへの協力者が紛れているよう。

(まぁ、多分あの人だろう)

 私は幸か不幸か、旅行の為の大きめのリュックを腿の上に乗せている。そして座る席は左側1番後ろ。容疑者たちからは見えにくいだろう。

 と、隣のニット帽のお兄さんが咳き込むフリをして猫背になった。
私の手元に気付いたらしい。この車内にいるのは頼りになる乗客ばかりだなぁ、なんて思って私は後輩にメッセージを送る。


***

 バスは一般道を抜け、高速道路を過ぎて、トンネルに入った。昔懐かしの高圧ナトリウム灯がちらほら光る古いトンネルは、とても暗い。というか、まだこの電灯を使うトンネルがあったなんて。

 そんな事を考えていると、犯人は私の隣のニット帽のお兄さんと若い男の先生を指名した。服を交換して人質として解放される思惑らしい。人質としてガムを噛んでいた女も前に行ってしまった。
 そして通路真ん中に並べられる、スキー板。入っているのは恐らく、ばから始まって、んで終わる定番のアレだ。

 こんな単純明快な作戦をよく実行できたものだと、その様子を呆れ半分に見るわたし。日本の警察舐められすぎなんじゃない。それとも、犯罪に慣れすぎたこの町の人間は、この程度で警察の目が欺けるとでも思っているのだろうか。

ピピーピピーピピーピピーピピーーー

 突如鳴り響く携帯の音。
 私のものである。そう言えばスキー場の到著時間に鳴るようにセットしていたんだった。あちゃー。

 気づいたバスジャック犯の男が慌てた様子でやってきた。

「お前隠し持ってやがったのか!」
「これは古い方で、目覚ましとメモにしか使ってないものですから」
「寄越せっ!」

 男が私の携帯を奪う。ああ、そんなに乱暴にするとキーホルダーが壊れてしまう。

「ったく!、」

 私の携帯は男のポケットに入れられてしまった。ナメた真似してんじゃねぇぞ、と去り際に言い捨てる男の背中を睨み付ける。まだ移行してないヨーコちゃんの画像があったのに。

***

 出口まであと半分、といったところか。対向車線は全く車の通りが無く、オレンジ色の光が車内を照らす。

 と、車内を見回したバスジャック犯の男が、突然狼狽え出した。先程、私の携帯を奪っていった方の男だ。


「……、誰、だ、お前、」」


 顔色を変えた。震えだし、窓しかないはずの車内後方の一点を見つめている。その急変を察知した仲間の男が声を掛けているが、男の視線は後方を見つめたままだ。乗客もその異変に気付いたのか、突如として動転したバスジャック犯を不安げに見つめる。

「なんだお前!」
「どこからそこにいた!」
「死神、だと!」

「ど、どうしたんだよお前」

 そう仲間が制止するが、犯人の男には何が見えているのか、後方の丁度誰も座っていない真ん中辺りを見つめて喚いている。仲間の声も聞こえちゃいないようだった。

 そして、銃を構える。
 私は吠えた。

「伏せろ!」

 男が覚束ない手つきで引き金を引く。

バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、

頭上を銃弾が通り過ぎていく。
ちゃんと狙えよへたくそ。

後部の窓は粉々に割れ、乗客の悲鳴が響いた。

カチャ、カチャ、カチャ、

 弾切れだ。鳴り止んだ銃声に乗客が顔を上げる。
腰を抜かし、足を震わせ、完全に怯えきっているバスジャック犯の男。
いったい彼には何が見えたと言うのだろう。
 
 バスはあと少しでトンネルの出口というところだ。

「お、おい!どうしたんだよ、お前…」

「止めろ!バスを止めろ!」

 叫ぶ男と困惑するその仲間たち。
 そしてかかる急ブレーキ。

 この世界には慣性の法則があるから仕方がない。
 私は前方の座席の背もたれにしがみつく。


 急ブレーキに揺れる車内。

 タイヤと地面の擦れる音。


 混乱に乗じて、先生とニット帽のお兄さんが男をひっ掴んでいた。やっぱり頼りになる、と口笛を吹きたくなる。
 ニット帽のお兄さんに引っ掴まれた男は正気を失ってるのか、茫然としてお兄さんに両手を後ろ手につかまれていた。
 まだ抵抗を続けるのか先生に引っ掴まれた男の方は、最後の悪足掻きか、銃を何発か撃った。


キキィィィィイイイイイッ
バァン、バァン、バァン


 バスが完全に停まる。


一瞬の静寂が車内を支配する。
顔を上げると、乗客全員がその光景に息を呑んだ。


 
腹部から血を流しているのは先生ではなく、
ニット帽のお兄さんでも無く、

ニット帽のお兄さんに抑えられていた彼の仲間だった。



 自分の仲間を撃ったか、馬鹿め。

 私も車両前方に駆けると女を拘束する。
ガム女は後ろの席から不審な動きをする人物がいないか見ていた、バスジャック犯の共犯だ。

 とその時、女が騒ぎ始めた。

「爆発まであと30秒もないよ!」

 なんと、爆弾が起動してしまったらしい。
 あーあ。ここからは予想外である。

 運転手にドアを開けさせ、犯人と乗客を逃す。
 そして窓の外にいる捜査員に私は吠える。

「爆弾が起動した!あと20秒だ!総員退避しろ!」

 爆発に備えて、乗客は警察車両の陰に隠れた。
 あたりを見回す私の元に、捜査一課時代の部下がやってきた。

「佐藤、車両の誘導は」
「は!前方後方ともに通行止めにしております!」
「処理班あいつは間に合わなかったようだな」
「残念ながら」

と、周囲の状況を確認していると小学生たちが騒いでいる。
「灰原さんがいない!」

 まさか。
 ずっと震えていたミックスのあの子か。

「行ってくる」
「警視!危険です!」
 
 佐藤の静止を背に、爆発まで残りわずかだろうバスへと駆ける。乗客が全員降りるのを確認しなかった私の落ち度だ。

 中央の入り口から車内へと駆け上がると、まさかまさか、女の子は1人ではなかった。
 どこから入ったのか、眼鏡の少年も一緒だ。
 どうやら助けに来たらしいが、ミイラ取りも良いところだ。

「おね、さん?!」
「何やってる、!」

 人間に腕が2つあるって素晴らしい。
 私は小学生2人を小脇に抱えると、そのまま後部座席を飛び越えて粉々に割れた窓から飛び出す。
 と、後ろから聞こえる鼓膜を破りそうな凄まじい音、肌を焦がす熱風、そして地面に落ちる衝撃。

ドォン

「山野警視!」
「、総員退避しろ!!」

私の一声に、取り囲んでいた警官らは慌てて距離を取る。
佐藤に子どもを預けて、距離を取ったその瞬間、

 ドォン

凄まじい音を立てて再びバスが爆発した。
火柱、そして黒煙が上がる。

 予め佐藤に指揮していた通り、バスの後ろに後続車は無く、前方の対向車線も2キロ先で通行止めにさせた。救急車も消防も既に手配している。被害は最小限、わたし賢い。

「乗客の無事を確認し、1人残らず病院へ連れて行け」
「はっ」

見知った顔の刑事が乗客の元に走り出す。

「大丈夫ですか、警視」
「お前が連絡に気づいてくれて助かったよ」

 近づいて来た佐藤にそういうと、佐藤は少し口角を上げた。
直属のときはなかなか褒めなかったからね、私。

「まさか山野警視がこのバスにいるとは、思いとしませんでしたが」
「私もだ。まさか久々の休日にこんな事件に巻き込まれるとはな」
「にしても、山野警視が声を張るところを初めて見ましたよ」
「相変わらず口が達者だな、佐藤」

 そんなに仕事がしたいか、と眉間に皺を寄せると失礼しました、と敬礼する佐藤。変わってないことにわたしは少しほっとする。

「山野警視、残念ながらバスジャック犯の一人、田中宏和は出血多量で息を引き取りました」

 やって来たのは確か高木という名前の刑事。
顔は知っていたが、共に働いたことはない。

「そうか。向島邦男はどうなった」
「向島邦男につきましてはすでに捜査一課が身柄を拘束済みです」
「わかった」

 田中が発砲に至った経緯や、他の仲間の有無などを高木と話していると小さな影が二つやって来た。いや、正確には一つ。一人は距離を保ったまま近づこうともしない。

「お姉さん、警察の人だったの」

 眼鏡の少年が尋ねた。
 三十路の女にお姉さん、だなんてこの少年は女心をわかってる。
 やはり見知った顔によく似ている気がするが、彼はもう高校生のはずなので他人の空似なのか、もしくは親類だろうか。
 しかしここで聞くのも場違いな質問だ。

 私は彼の視線に合わせてしゃがむと、精一杯口角を上げた。

「まぁね。2人とも怖がらせてごめんなさい。それから君、君の勇気ある行動で、犯人の目を逸らし、私はこいつらと連絡を取り合うことができた。ありがとう。けれど、もうちょっと危険を顧みないと、いつか大変なことになってしまうよ。」


 無謀を勇気と勘違いしないことだ。


そう眼鏡の少年に注意を促すと、笑顔で誤魔化される。
いつか痛い目見るな、この少年。

「ねぇ、お姉さん。犯人には何に怯えて銃を乱射したんだろう、死神とか言っていたじゃない。お姉さんはどう思う?」
「よく見てたね、君。彼の意識は朦朧としていたし目は黄色に濁っていた。恐らく麻薬中毒による幻覚症状だと私は思うんだけど、」

そこで高木に目線をやると、「確かに田中は麻薬の常習犯だったようです」と答える。

 ふぅん、という少年は納得がいって無さげだが、麻薬って怖いんだよ、と私は警察らしく言う。

 一方、お嬢さんの方は酷く肩を震わせて怯えているようだった。
 小学校低学年ぐらいの子がこんな事故に巻き込まれたら誰だってそうなるだろう。そう考えると、犯人の様子までしっかり見えているこの少年はたくましい。さすがは米花の住人。

「もう大丈夫だから安心してね」

 2人の肩を抱いて、君たちは早く保護者の元に、と恰幅の良い眼鏡の初老の男性の元まで連れて行く。スキーに行くはずのバスでこんな事故なんてトラウマものも良いところだろう。事情聴取は後でと高木に告げて、運転手と乗客は全員病院に行ってもらう。


すれ違った彼には短い方が似合ってる、とだけ伝えた。

そのうち消防がやってきて消火活動が始まった。
のこのこ遅れてやってきた処理班の同期には遅い、と苦言を漏らす。





そして今現在。警視は一息つかれてください、と佐藤に押し込まれた車の中で徐々に鎮火していく様子を眺めている私。目暮警部が指揮を執っているし、私は用済みだろう。スキーダメになってしまったなぁ、と今更思い出して友人にメールを打っていると、横に座る影。

「上手くいったな」

月のときが懐かしいぜ、と呟くのは死神だ。
リュークじゃどうもしっくり来ないので、リュウくんと勝手に呼んでいる。
リュウくんは月の時より興奮したぜ、と裂けた口を吊り上げる。

良いなぁ、わたしも夜神くんの死神になって四六時中一緒にいたい。

「その携帯にデスノートを仕込んでたのか」
「まぁね。上手いこと触ってくれて良かった」
「犯人は爆弾持った3人、しかもFBIまで用意するなんて月並みに手が込んでるじゃねぇか」
「ふふ、彼がいたのは本当に偶然なのだけれど」

旧友の顔が見れて嬉しかったよ。
残り2人の名前もそのうちわかるだろう、と笑みを深める。





わたしの神さま、もうすぐ会えるね。





─────田中宏和 XX月XX日 XX時XX分
首魁の解放を条件にバスジャックを決行。XX時XX分に米花公園前で乗車する。この世ならざるものを見て錯乱に陥いり、バス後部に発砲。全弾打ち切ったことと恐怖から逃げ出そうとバスを止めさせるが、隙をついた勇気ある乗客らと揉み合いになり、仲間の銃が暴発。腹を打ち抜かれ、出血多量で死亡。

─────矢島邦男 XX月YY日 XX時XX分
仲間の1人の死を知ると自暴自棄になり、拘置所で首を釣り死亡。




20180418

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