リアリストの指
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僕らはみんな生きている、生きているから嬉しいんだ。幼い頃にさんざん歌った記憶のある童謡の歌詞。それに違和感を憶え始めたのは、いったいいつからだったか。

雲一つない、蒼く澄みきった空。真上から注ぐ冬の陽光と北風は、気まぐれに私の身体を撫でていくのも、もう何年目になるだろう。灰色のコンクリートの上で、胎児のように膝を抱き抱えて日溜まりのなか微睡む。それはあたかも羊水のごとき安心感はあれど、同時に感じるいつ破水するかわからぬ不安定さ。まるで臨月のようだと、私は鼻で笑う。

「よぉ、お前さん。今日は早いんじゃの」

視界に影が映ったと思えば、それは艶の無い銀。ニヤッと笑う口元の黒子が、彼の妖婉な雰囲気を嫌に増幅させる。私の横に図々しく座る彼は、ジャケットにパーカーにマフラーまで巻いて防寒対策をしてる。授業に出る気がない完全なサボりスタイルと言ってもいい。

「…冬は寒いから来ない、って言ってませんでしたっけ?」

そう、なにも遮るものがなく、吹きさらしになるこの屋上は、毎年冬だけは私の占有地になる。それ以外の季節はこの先輩がサボタージュの格好の場所にしてるものだから、独りが好きな私は少しばかり不機嫌になる。以前にそんなことを言うと彼は、俺の場所に侵入してきたのはお前のほうじゃき諦めんしゃい、と笑っていた。

「お前さんがおると思ったけぇ」

やっぱり、今回もいつもの通り。シナリオになんの狂いもない。この台詞を聞いたのも、もう何度目か。苦い顔をすれば、彼はそ知らぬ顔をして、ポケットから取り出したチュッパチャップスを頬張る。先輩は私に、ほれ、と言って同じものを投げて寄越した。眼前で受け止めたそれは、もう飽きるほど舐めたイチゴ味。

「なんじゃ、イチゴ好かんのか」

拗ねたように言う先輩が、私の膝を小突く。もう見飽きた光景だけど、子供じみたことする彼がどこか可愛らしくて、自然と小さく笑みが浮かんだ。派手な色の包みを開いて口に含めば、彼は満足げに微笑む。

「うちのクラスに転校生の来たんじゃけどな、」

ああ、ついに来たか。私は興味無さげを装って、へぇ、と返事をする。今回はどんな子だろう。王道逆ハーレム狙いの天然美少女か、所詮は気を引くためだけに最強能力を持った馬鹿女か、平凡を気取ってマネージャーを狙う勘違い女か、はたまた傍観と言いつつ何かと接触するでしゃばり女か。

今までの傾向からして、この先輩と一緒のクラスと言うことは、派手目の女の確率が高い。どうしてこうも彼女らは彼らが好きなのか。顔が整ってればいいのだろうか、確かに寝転がる先輩の横顔は他の人のそれよりも整ってるけれど。磁器のように色の白い肌に、影を落とす長い睫毛。微かに開いた薄い唇は、口元の黒子と相俟ってその色気を垂れ流しにしている。

転校生どんなかたでした?そう聞けば、先輩は目を閉じたまま、HR寝とったけぇよう見とらん、と呟いた。丸井が可愛いって騒いどった。先輩はそう言い残すと、もう寝ると言わんばかりに横向きになって身体を丸める。

私は目を伏せて、いままでのことを思った。何年も、もしかしたら何十年も前に、この世界は時を刻むことをやめた。それは不可抗力なのか、必然だったのか、私には判別がつかない。世界は奇妙な闖入者を許し、同じ時をループし始めたのだ。闖入者である彼女、もしくは彼女らが提示するある条件をクリアすれば、世界は再び時を戻し、新たな彼女を招き入れる。その繰り返しを、もう何十回も繰り返してるってわけ。

「…しかしなぁ」

なぜ私は、他の大多数のようにループの度に記憶を失くしていないのだろう。狂うほどに同じ時を繰り返し、それでも一応の正気を保ってる私はなかなかの強者だと思わないか。私は赤ん坊のようにして膝を抱える。さっさと、こんな世界は破水すればいいじゃないか。私をここから出してくれ。

そのとき、屋上のドアが開いて、誰かがやって来た。ちょうど次の時限が始まったところだろうに。さぶっ、という色気も可愛げもない声と共に、女子生徒が出てくる。階下に見る彼女。一瞬でわかった、心臓がアイツだと告げるかのように強く脈打ったのだ。彼女こそが今回の闖入者で、この世界のイレギュラーでヒロイン。におーくーん、という心細げな声が耳に入った。隣で寝転ぶ先輩は身動き一つしない。

「…いいんすか?」
「………構わんじゃろ」

小声で呟くと、律儀にも返事が返ってきた。貯水槽の影になって、端からじゃ簡単には見つからない。私が掃除をしてるお陰で汚くもないから、居心地も悪くない。彼女の声は次第に遠退き、彼女は屋上から去った。よく見るシーンだ。いつもじゃ、この先輩が見つかって連れていかれるのだけど、今回はまた主旨が違うのだろう。

彼女らの目的は、おそらく彼らだと私は思っていた。この学校でもっとも個性派揃いで、全国区の知名度を誇る、容姿の整った奴が多い部活。彼らはこの世界の、若しくはこの世界がループしている間の“主役”的立ち位置なのかもしれない。そして、毎回変わる彼女らは“ヒロイン”。この世界はヒロインを求め何度もループを繰り返してるのじゃなかろうか。

なんてこった。こんな世界、さっさと壊れれば良いのに。

三、四件前の“彼女”の時の話。私は無事に中学高校を卒業した後、とある会社に就職した。もうループは終わったのかとも思った。しかし暫くして憧れの職場の先輩から告白を受けた矢先に、突然のタイムスリップ。実家でまだ若い両親と、幼さの残る自分の顔を見たときの衝撃は忘れない。

未来をぶち壊す彼女らを、止める方法はどうやら無いらしい。殺しでもすれば何か変わるのか、とナイフを持ち出したこともある。しかし倫理観を損うほどに狂っちゃいなかった私は、なにも出来ずにナイフを床に叩きつけた。


手のひらを太陽に、透かしてみれば。真っ赤に流れる、僕の血潮。


手のひらを、太陽にかざして、自分は生きてるのだろうかと誰ともなく問いかける。未来を生きることさえ許されず、この無限の繰り返しを傍観するだけしかできない私でも、まだ生きてると言えるのですか。

微かに赤くなる指の端だけが、それに答えていた。


「懐かしい歌じゃのぉ」


手のひらを太陽に、だっけか。小さく歌っていたのが聞こえたのか、先輩は仰向けに転がると、私と同じように手を太陽にかざす。先輩の指は羨ましいほどに白く細長い。

「太陽温いのぉ」

先輩はそう言うけれど、如何せん私は温度を感じない。陽光だけでなく、風からもコンクリートの地面からも自分の肌からさえも、温度を感じられない。そんなことを呟けば、先輩はきょとん、という擬音が似合いそうな顔をした。

どういうことじゃ、という声と共に、先輩が私の指を掴んだ。

「お前さんの指は、こんなにも冷たいのに」

ああ、私の指は冷たいのか。内心冷めたように、先輩の指と絡み合う自らの指を見つめた。

温度も正しく感じられなくなった私の身体は、指だけがしっかと世界を知覚してるのかもしれない、だなんて。



リアリストの指


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