アスリート恋愛論
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全身から汗が吹き出す。酸素を求めようと彼女の喉は荒い呼吸を続ける。顎先からは絶えず滴が零れて、床に小さな水溜まりを作っていた。その姿は一心不乱という表現がぴたりと当てはまる。俺は壁に背を預けて彼女を待った。二、三分ほどしたところで一区切りついたのか、上体を上げて床に置いていたボトルで水分補給をする。その間も緩くではあるがペダルを漕いでいて、そんなところにも彼女のスポーツマンとしての意識の高さを感じる。
「今晩は」
「…っ?」
切れ切れの呼吸の合間、頭を上げるのが辛いのか、下から睨むようにして俺を見る。
「ひよ、し」
「遅くまでご苦労さまですね」
汗で濡れる彼女の朱の入った顔は美しく、色気を滲ませていて、すぐにでも押し倒したいほどに雄の本能を刺激した。
「Uー15のアジア大会優勝、おめでとうございます」
「ああ、あれか」
シャワーを浴びてきた彼女の髪からはシャンプーの匂いがして、俺の鼻腔を擽る。結われた髪を一房手に取り、口づけた。
「…なにやってんのっ」
「つい」
飛び退いた彼女は先ほどとは違い、恥ずかしさで頬を朱に染める。そんなことがとてつもなく可愛らしく、愛しく思う。
「世界大会終わるまでかなり忙しい」
「そうですか」
「うん」
女子サッカー選手として活躍する彼女はUー15の日本代表、しかもゲームキャプテンという重要なポストにいる。加えて一つ彼女が年上なのもあり、俺たちは実質は恋人のような間柄でありながら、どちらかが告白して彼氏彼女という位置を手に入れているわけでもなく、いつも不規則に距離をおいた状態にあった。
「いつも、ごめん」
「はい?」
「私の都合ばっかりで振り回して、」
お互いが全国区の選手だから、覚悟はしてる。でも、たまには甘えてくれたっていい。俺は彼女の頭を胸板に押し付けた。クールで大人っぽい彼女と肩を並べるための、精一杯の背伸び。
「世界大会終わったら、」
「うん」
「あなたに告白します」
驚いたのか、いきなり顔をあげて俺の顔を覗き込むものだから、思わず俺は吹き出した。
「好きです」
「は…?」
「でもまだ彼氏にさせてもらわなくていいです。貴女の負担にはなりたくない。」
「…」
けど、他の奴から告白を受けたら、断ってくださいね。そう言うと彼女は潤んだ瞳で俺を見た。
「…言われなくても」
「はい?」
「言われなくても、日吉しか見えてないし!」
恥ずかしかったのか、彼女はエナメルを担いでずかずかと歩いていってしまった。
「やばいな」
めったに甘えてくれない彼女からの、一撃。俺は火照る頬を押さえながら、小さくなってしまった背中を追った。
アスリート恋愛論20111019
部活のお姫様に提出
サッカーである意味ないのが悲しい
*/秤
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