綺麗な世界と畏怖する不二
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日陰に佇む彼の肌は白いが、不健康という言葉は似つかわしくない。磁器のような白さは、触れれば黒いインクが紙に染みるように自分自身の醜い悪意が彼を侵していくようで、私は伸ばしかけていた腕を止める。



「僕は世界との距離を量りかねている」



レンズを覗き込みながら彼、もとい不二は言う。不二の瞳は一途で純真で、美しい。彼を知ったとき、私はただ純粋に、彼の瞳に映りたいと思った。私は彼を自らの醜い感情で汚したくない一方で、その純な瞳に映りたいという、なんとも利己的でアンビバレンスな感情を抱いているということだ。恋愛感情というほど、暖かくもカラフルでも薄っぺらくもない、だからといって、友情というキラキラした言葉は当てはまらない。そんな感情と共に、妙な距離を保ったまま、私は彼の隣にいる。それは彼の言う世界との距離に少し似ているのかもしれない。




「カメラを選んだのは、写るはずのそこに、存在しなくても良い唯一の立場で、世界から何処と無く距離を置いてるように見えたから。」


もちろん、写真が好きなのもあるけど。


自嘲気味に笑うと、彼は再びレンズを覗き込んで誰もいない校舎を撮った。刹那、空気が変わるのが解る。彼が切り取る世界はどれも美しい。芸術には詳しくないけれど、そう思う。明るさを持ち、暖かさを持つ反面で、限りなく負の感情が蠢いている。対になってるその感情が、この世界の根底に流れているのだと私は思う。けれど、彼の世界は、どうも私の知っているの世界とは違うらしい。彼の撮る世界は何時だって、荘厳で、妖艶で、無口だ。惹き込まれた、それが一番正しい。共振するかのように、私は不二という人間と、不二という人間の撮る世界に魅せられた。ただそれだけのことだ。




「世界との距離だっけ、」

「そう」


彼はこちらを見向きもしない。横顔に吸い込まれそうになりながら、




「なんとなく、」


わかるかも。

そう答えると、彼はへぇ、と感心したような声を上げた。カシャッ、一眼レフが発す音が2人の間に流れて消える。彼は時を止めたかのように、ある一点を見つめていたかと思うと、一瞬考えるように目を閉じてから誰へともなくいう。誰へともなく、という表現には実際上語弊があるが、その言葉は私に向けて発してるようには聞こえない。彼はいつもそう。



「帰ろうか、」



間をとって私は言う。




「随分早いけど、良いの?」




良いんだ、撮りたい画はもう撮れた。三脚を畳み、レフをケースに仕舞う。私は立ち上がって、スカートを払った。太陽は傾いて、校舎を照らしていた。




「たぶん、世界って僕らが思ってるよりずっと綺麗なんだよ」




独り言のように呟く、彼の背は見上げねばならぬほどに高い。華奢に見える体躯は、軽々と三脚を担ぐ。





「綺麗な世界を見る僕の眼が汚いから、世界がこんなにもおぞましく見える」




違う、違うよ不二。お前の眼は羨ましいほどに、美しい。そう喉の奥で小さな私が叫んでいたけれど、私はそれを飲み込んだ。




「どこかの哲学者の言葉にそんなのがあった」




世界は美しい、それを見る目を持っていればね。確かそんな言葉。ここで気の利いた言葉を言えれば良いのに。なんて思わず嘆息する。見る目が無い私には世界なんてちっとも綺麗じゃないし、当然美しくも無かった。でも唯一、不二だけは違う。まるでモノクロの世界に迷い込んだプリズムのような、そんな存在。彼に会ったその日から私の世界は色を帯びた。




「たぶん俺は、被写体になる勇気が無いんだ。こんな俺が映ってしまうと、折角の風景が俺の醜い感情に侵食されてしまいそうに思う」



怖いんだ。彼はそう言いきった後、何処か青いことを言ったことを恥じたのだろう。ひきつった笑いを見せた。そんなことはない、あなたは美しい。そう、言えれば良いのに。それがただの慰めになりそうだった。彼の欲す言葉じゃないことは知っているから、私はただ黙って宙を見つめている。私の世界である美しい彼。その美しい彼の言う彼の世界は、とてもおぞましいのだと言う。これ以上私が彼を綺麗だと言っても、彼は黙って微笑むだけだろうから、私は黙って彼の横を歩く。勝手なことだが、あわよくば、私以上に彼を知り渡り合える人間が出てこないことを願う。





vol.1
-写真家な不二と-



20110617


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自分的には好きなんだけど、不二のキャラが迷子。

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