星空と彼奴
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あいつが居なくなったテニスコートは、どこか物足りなさそうに静寂を保っていた。聞こえるのは練習を終えた運動部の部員たちの笑い声だけ。風が吹いて、身を刺すようなその寒さに、俺は思わず両腕を抱いた。いくら関東地方に位置する神奈川と言えど、冬はそう侮れぬ寒さに見舞われる。

あいつはこの寒さの中を俺が家に帰って暖を取っているような時間までテニスコートで駆け回っていたのだ。俺はもちろん、幸村や真田や、他の部員だってそのことを知っている、周知の事実。深山が部内の誰よりも偉大な努力家だと言うこと。その一番の理解者は毎晩遅くまで練習に付き合っていたこのテニスコートかも知れない。

なにやってんだ、いつものやつはいねぇのかよ。

ちぇ。

そんな舌打ちさえ聞こえてきそうだった。俺は手に持っていたノートを脇に挟むと、無造作に転がっていたテニスボールを拾い上げた。


深山流架。立海大学附属中二年。部活動の所属はテニス部。プレイスタイルはオールラウンダー。今までの戦績は勝ちが六割、敗退が三割、その他が一割といったところか。テニスプレイヤーとしては極めて凡庸なところである。


彼は先日行われた来年度の全国大会出場レギュラーを決める部内戦において、現在俺たちの一つ下の学年にあたる切原赤也と対戦した。その結果は深山の途中棄権。赤目になった赤也の一方的なゲーム展開と乱発するラフプレイにより、深山は全治二週間の怪我をおって病院に入院した。


果たして赤也をレギュラーにするか否か。俺は星が見えない神奈川の夜空を見上げた。むき出しになった首を北風が撫でてくる。正直なところ寒い。深山は、自分自身では気づいてないのだろうが、賛同する者、支持する者が部内の大多数である。努力を体現したようなあの男は、人間的にも部内と言わず学内でも厚い信頼を寄せられており、部長である幸村と同等、否それ以上の人望を持っている。無論、先輩後輩は問わず、レギュラーである俺もそのなかに含まれているほどに。


赤也はその深山を、言ってしまえば病院送りにしたのだ。部内で弾かれないはずがない。現に、もとよりよく思われてなかった同学年の部員達からは非常に浮いているようだ。部活終了後そそくさと荷物をまとめて挨拶もないがしろにして部室を出ていくのはもう毎度のことになっている。


赤也があのプレイスタイルを続けるのには無理がある。スポーツマンシップに則った行為では無いことは明確であるし、中体連から出場停止を食らわせられかねないのもある。しかし何よりも、今のようなプレイでは赤也自身も含めた多くの人間を傷つける。それだけは、なんとしても避けたい。赤也の、対戦相手を負傷させた上での勝利というスタイルを抜きにしても、赤也と他の部員のテニス能力を比べたときに、その差は絶対だからだ。


深山は、レギュラーと他の部員を繋ぐ役割をしていた、と俺は思うのだ。個人戦はともかく、団体戦は各学校1グループのみのエントリーとなる。つまり、ほとんどレギュラーに固定されてしまうということ。三強と呼ばれる幸村、真田、俺は一年からそのレギュラーの座を奪い取った。それが実力主義のこの学校のスタイルとは言え、多くの先輩が一度も試合に出ずに三年間を終えた。立海は入ってくる部員も多いが、やめる部員も多い。ハードな練習を毎日のようにこなしているのに、レギュラーに為れる可能性など微塵も感じさせないからだ。自分の能力の無さに失望し、テニスをしている意味を自問自答する。俺は以前、深山が辞めたいと言う部員を説得したことを思い出していた。



「げ、お前も来たのかよ。」

「悪いのか。」

どっちかっつーとな。そう言って、深山は辞めたいと言った後輩と向かい合って飯を食っていた。深山の隣に俺も弁当を持って座った。深山は一瞬眉をひそめたが、もう気にしないことしたらしい。



「俺はよ、立海に入って自分の能力の無さを思い知ったよ。」


唐揚げを頬張りながら、深山は言った。深山もまた、この二年で辞めたいと感じた一人なのだろう。


「朝から晩まで練習練習。厳しいメニューこなしてるのに、こんなのがいるせいで試合にも出れねぇ。」


こんなの、のところで深山は俺を箸で指した。行儀が悪いと言ってやろうかと思ったが、空気を壊すことはしたくない。


「俺だって何度辞めたいと思ったか知れねぇよ。」


飯をかきこみながら言う深山に、上級生の威厳もへったくれも無いが、いま思うと、深山なりに畏縮している後輩を気遣っていたのだと思う。



「でもな、俺はとある結論に辿り着いたんだ。」


深山は多少上ずった声を出した。


「俺らは、立海じゃそんな上にいないけど、全国的に見たらかなり上の方なんだぜ。」


そう言って口の端を上げる。




「俺、高校は別のとこ行くつもりだ。」


表情には出さないものの、正直俺は動揺した。少なからず、いや、100%俺は深山を好いている。もちろん友人として。テニス部に欠かせない存在だと思っている。



「外部を受験するんですか…?」


「ああ。別に珍しいことじゃねぇだろ。なぁ柳?」


「あ、ああ。今年の三年の約3割は外部に進学予定だ。」


立海はプライドも高く、自分に自信があり、器用に世渡りできる人間が集まっている。そんな校風に馴染めなかったのだろう。順調に活動していた運動部にも外部を受験する人がいる。聞く話によると、テニス部の三年の先輩の半数は外部進学予定らしい。彼らが高校三年の最後の夏、高校一年となった俺たちが入部してくるからだろう。惨めな思いはしたくないのだろう。


「だからよ、いまここで必死に技磨いてることは決して無駄にはならねぇ。お前、上手いんだから辞めんな。もったいねぇぞ。」


は、はいっ。後輩は元気よく返事をした。見ればそいつは幸村が気にかけていた部員だった。この先、赤也のライバルとなるに違いない。話がある、と深山に言えば後輩は気を利かせたのか、礼儀よく挨拶してその場を去った。



「外部受験するのか?」


「わかんねぇ。でも先輩たちに誘われてる。」


行くな。そう言おうとして言葉に詰まった。深山が泣きそう、に見えたからだ。
「まぁ、あいつにゃあれで良かったろ。」


そういう選択肢もあるってことだ。深山は弁当を持って立ち上がる。



いつまでも背中を追いかけてると思うなよ。



そう言って、深山は立ち去った。それは、追い抜くということだったのか、はたまた見切りをつけるということだったのか。今の俺には判断がつかない。


ふと我にかえる。視界に星空が飛び込んでくる。
俺を呼ぶ、弦一郎の声が聴こえた。レギュラーのみで使ってる部室、後片付けばかりの平部員。そんな現状を深山はどう思っていたのか。考えるまでもないか。



「蓮二、なにをしているのだ。」

「ああ、すまない。今行く。」

ノートを抱え直し、俺はテニスコートを後にした。




あの星を堕としてはいけない。
そうだろう、×××



20110409 MANY THANKS!!

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