テーブルの上にはすっかり冷めてしまった料理が並ぶ。二十二時を過ぎても烏間先生はまだ帰って来ない。ソファーに座りテレビを眺めて待つがそんな気配は無く。ショートケーキとプリンを二つずつ買って冷蔵庫に入れておいたが、堪らなくなってプリンを一つ食べてしまった。


「因果さん、まだ帰らないのですか?」

「んー…あともう少しだけ」


三十分位前にも同じような会話をした気がする。クッションを抱えてぼんやりしていると携帯が鳴った。…カルマだ。画面には「いつ帰って来るの?」の一言だけ。カルマの問いにも律と同じように「もう少しで帰る」とだけ返信しておいた。

スマホを片手にソファーに寝転がる。テレビはそれほど面白くない。先生、早く帰って来ないかな。直接「おめでとう」って言いたいのに。


***

《not因果》

烏間が帰宅したのは日付が変わる頃だった。会議の後、上司から呑みに誘われ断ることが出来ず、この時間だ。

玄関に入ると廊下の先にある磨りガラスの扉の向こうが明るく、瞬時に身体が強張った。玄関には女性物のサンダルが揃えて置いてある。此処に入り込む女など烏間は見当がつかず、息を殺して警戒しながらリビングへと向かう。ゆっくりと扉を開けて隙間から中の様子を確認すると、見慣れた赤色がソファーの上に散らばっていることに気が付いた。


「……!」


まさかと思い、リビングに立ち入ってソファーに近付くと、そこでは呑気に寝息を立てる因果がいた。一気に緊張の糸が緩み、大きく溜め息を吐いた。


「因果、起きろ。因果」


肩を揺らして呼び掛けるが起きる気配は無い。一体どうやって入り込んだのか、目的は何なのか、烏間の脳裏にはいくつもの疑問が湧き上がる。しかし当の本人が起きない内はそれらが解決することはない。

どうしたものかと辺りを見回すと、テーブルに並ぶ料理に気が付いた。全てにラップがかかっている。あまり使うことの無い炊飯器には白米が炊いてあり、コンロの上の鍋にはビーフシチューが。冷蔵庫には見に覚えの無い食材が入っており、テーブルに並ぶ料理が因果の手料理であることを裏付ける。更にはケーキまであり、ますます訳が分からず首を傾げながら冷蔵庫を閉じた。

その時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。画面には律が手紙を持って微笑んでいる。


「因果さんからメールです」

「なに?」

「設定した時刻になると送信されるようになっていましたので。読み上げますか?」

「…頼む」


すると律は因果の姿に切り替わり、彼女の声でメールを読み上げ始めた。


「「烏間センセー、誕生日おめでとーございます。ご飯作ったから良ければ食べてねー。合鍵は園川さんに用意(よーい)してもらったけど、私が無理に頼んだだけだからぁ…園川さんを怒ったりしないでねぇ?」……とのことです。因みに雰囲気を出す為に因果さんらしく読んでみました」

「そうか。……誕生日だったな」


ようやく烏間は自身の誕生日であることを思い出し、手料理やケーキの意味を理解した。時計を見ればあと一分で日付が変わる。きっと因果は直接お祝いの言葉を言えなかった時の為にあらかじめメールを設定していたのだろう。


「因果」


近付いてもう一度呼び掛けるが返事は無い。年相応の幼い寝顔に、普段の背伸びした様子とのギャップを感じる。初めて逢った時よりもメイクが薄くなったと思いながら、少し躊躇いはしたものの彼女の頭を優しく撫でた。


「……因果、ありがとう」


烏間のいつもより柔らかい表情や声色を、彼女が知ることはなかった。


***


《因果》

目が覚めたら見覚えのある天井だった。ここが寝室だと気付き、急いで飛び起きる。ベッドには私一人、……またやってしまったかもしれない。

取りあえずリビングに行くが烏間先生は居らず。時計を見れば朝の八時を過ぎていた。ソファーの上には軽く畳んだタオルケットが置いてあり、どうやら私はまたベッドを占領してしまったらしい。となると先生にベッドまで運ばれたようだ。…恥ずかしい……。


「……あっ、」


テーブルに置いていた料理が無い。冷蔵庫を確認すると、余った食材しか入っておらず、全部食べてくれたようだ。ケーキはひとつだけ残っている。


「?」


綺麗に片付けられたテーブルの上にメモ用紙が一枚。ふと手に取ってみると、それは烏間先生から私宛のメッセージで。

綺麗な字で「因果へ。どれも旨かった、ありがとう。俺は今日も遅くなるから早めに帰るように。仕方がないから鍵は夏休み明けに返してくれ」と書かれていた。素っ気ない感じもするが、それが烏間先生らしくて。一言でも感想を貰えた嬉しさと相俟(あいま)って、思わずにやけてしまった。

今度は先生が居る時に作りに来ようかな。


[15/03/13]






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