ホテルを出て、海岸沿いを当ても無く歩いた。まっすぐ進んで突き当たった岩場を越えると、プライベートビーチのような空間に出た。波の音しか聞こえない。いつになく感傷的になっているからか、ホテルに戻りたくないと思ってしまった。

運動靴と靴下を砂浜に脱ぎ捨てて、海に足をつける。少し強い波で膝まで濡れたけど、そんな事はどうでも良いや。


「……はぁ、」


いつになく溜め息が出る。今日起きてから、自分でも驚くほど感情が不安定で変に疲れた。今は何も考えたくない。このまま泡になれたら楽なのに。


「……因果ッ!」

「っ!?」


叫ぶような呼び声。強い力で左手を後ろに引かれた。目の前には、必死な表情(かお)をした烏間先生。


「烏間、センセー…どーしてここに」

「それはこっちのセリフだ。ホテルでちょっとした騒ぎになってるぞ、因果が携帯も持たずに居なくなったと」

「え……?」


ホテルで騒ぎ?皆がいる前で殺せんせーから許可貰ったのに。それに携帯だって持って来て……あれ、無い。部屋を出る時確かにポケットに入れたのに。


「ホテルに戻るぞ。皆心配してる」

「……嫌、」

「因果……。我が儘を言うな」

「…我が儘じゃない」


海から上がり、烏間先生から離れて砂浜に座る。馬鹿らしいほど子ども染みた、せめてもの抵抗だ。


「今は…独りにしてよ、センセー。誰とも会いたくないし、話したくないからさぁ」


膝を抱えて顔を伏せる。別に先生を困らせたい訳じゃない。ただ本当に、今は独りにして欲しい。


「駄目だ」

「!…ちゃんとホテルに戻るってばぁ、」


間髪を容れない返答。思わず顔を上げて烏間先生を見上げる。


「もう夜も遅い、何があるか分からないからな。独りには出来ない」

「なんで、」

「因果が心配だからだ。それ以外に理由が必要なのか?」

「っ……!」


まっすぐ目を合わせて言われた言葉に、また息が詰まった。心配ばかりかけるのは悪いと思うけど、心配してくれているという事実がどうしようもなく嬉しくて。


「別に何も起きないってぇ」

「油断は禁物だ。今回はそれもあって、クラスの半数がウィルスに感染しただろう」

「っ……私は、役に立てなかったなぁ」

「因果、」


確かに、いくら殺せんせーの暗殺に没頭していたとはいえ、今回のウィルス感染は油断もあった。南の島に浮かれて、第三者の妨害を予想していなかったから。


「狙撃も失敗したし、何も出来なかった」

「……」

「……悔しいなぁ、本トに」


心の何処かで自分は出来ると思い上がっていた結果がこれだ。子ども染みてて、バカみたい。無駄なプライドなんか捨てて、テストの報酬貰ってたら暗殺出来てたかな……。


「…もう過ぎたことだ。因果が気に病むことは無い」


慰めるように頭に置かれた先生の手。そのまま優しく頭を撫でてくれた。ただでさえ感情が不安定なのに、その優しさに泣きそうになる。


「来年の三月までに奴を殺せば良いだけだ。それにまだ八月、時間はある。二学期の訓練はもっと厳しいぞ」

「…頑張る」

「ああ、俺も最善を尽くす。…帰るぞ、因果」

「……ん、」


なだめるような優しい声色で言われると、もう嫌だとは言えなかった。立ち上がってジャージの砂を払い、雑に放り投げていた運動靴の元に向かう。


「ッ……!」


右足に走った痛み。何か踏んでしまったらしい。思わずしゃがみ込むと、烏間先生が慌てた様子で駆け寄って来た。


「大丈夫か?」

「…っ…ん…ヘーキ、」


とは言うものの、そう簡単に痛みは引かないし、月明かり位しか明かりは無いけど出血しているのが見て取れる。先生は私の右足を見るなり眉間に皺を寄せた。


「何処が平気なんだ。見せてみろ」


片膝を着いた烏間先生が傷口を確認すると、ポケットからハンカチを取り出した。


「ガラスか何かで切ったんだろう。それほど深くは無いようだが…ホテルに戻ったらしっかり手当てしよう。少しの間、これで我慢してくれ」


傷口は痛むけど、ハンカチで手際良く止血してくれる烏間先生がどうにも格好良くて、まともに見ることが出来ずにいた。


「…ありがと、センセー」

「気にするな。歩けるか?」

「ん…なんとかねぇ」


すると先生は靴下を突っ込んだ運動靴を取りに行き、それを持ったまま私の前で背を向けてしゃがんだ。乗れということなのか悩んでいると、先生に「負ぶっていく」と言われ、恐る恐る首に腕を回して身体を預けた。

一気に視線が高くなる。烏間先生と同じ世界を見ているのだと思うと感動を覚えた。距離が近くて妙に意識してしまい、柄にも無くドキドキしている自分がいる。煩い心臓の音が先生にも聞こえそうで、少し身体を離した。

波の音を聞きながら、どうしてこうも烏間先生を意識してしまうのか冷静になって考えてみる。


「眠いなら寝てもいいぞ。大した距離も無いが」

「んー…そーする」


……あ、そっか。


「ねー、センセー。…月が、綺麗(きれー)だね」

「?ああ、そうだな」


私、烏間先生が好きなんだ。


[14/12/17]






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