《not因果》

あと一時間も経てば始まっているテストのことを思うと、少しだけ胃が痛んだ。渚は小さく溜め息を吐いて視線を上げると、普段は二つの赤が一つなのに気が付いた。


「カルマ君!因果さんは?」

「ん?病院」

「え!?何かあったの…?」


本校舎へ向かう途中の山道で、渚はカルマに因果のことを問い掛けた。すると軽い口調とは裏腹に、その内容は衝撃的なもので。


「昨日、川で溺れてる子供助ける為に飛び込んだんだってさ。大して泳げないくせに」

「川に!?そ、それで?」

「子供は助けたけど、元々風邪気味だったから悪化して夜中に発熱。で、親が病院に連れてったけど熱が下がんなくて今も病院。点滴打ってるって」


その事実に渚は言葉を失った。前々から思っていたが、どうしてこの兄妹は人の為に無茶をするのだろうと。


「……本ト、馬鹿なやつだよね」

「そんなこと……!」


カルマの嘲笑うような声色に、渚は思わず反論しようとする。しかし、すぐにその言葉を呑み込んだ。カルマは今にも泣きそうで、その表情は陰りを帯びる。


「…今までやってきたこと、見ず知らずの子供の為に棒に振って……何やってんだか」


因果の絶え間無い努力を一番近くで見ていたカルマだからこその、素直じゃない言葉だと渚は思った。きっと努力が報われない因果を思い、自分の事のように悔しいのだろう。


「…この場合、追試は…」

「殺せんせーに言ったら、烏間先生が本校舎の方に問い合わせてくれるってさ」

「そうなんだ…。因果さん、追試受けられるといいね」

「……だといいけど」


本校舎が見えて来た。因果のことは気になるが、まずは目先のテストに集中しなければと気を引き締める渚だった。

闘いのゴングが今日は鳴る。



***



学校に、身を挺(てい)して子供を救った因果を表彰したいと消防から連絡があったのが一昨日のことだ。そして学校の評価を世間的に上げたとして、特別に彼女の追試を理事長が認めたのは昨日のことで。

因果は最後の問題を解き、入念にチェックしてから解答用紙を裏返し、ペンを置いた。


「……ふぅ、」


これで全教科終了。追試は認められたものの、本来は二日間に分けて行われるテストを一日で全て受ける事が条件で、病み上がりには酷なことだ。

流石に一日で全教科というのは時間が掛かる。本校舎を出た時には既に夕方、陽が暮れ始めていた。テストを終えて一時は安心した因果に襲い掛かるのは、あれで正解しているのかという不安と、思いの外出来なかった悔しさ。肩を落とし、大きく溜め息を吐いた。


「因果!」

「あ…烏間センセー、」


呼び声に足を止めて顔を上げると、これから帰宅するのであろう烏間がいた。昨日まで休んでいて、今日は旧校舎に立ち寄ることもなく本校舎でテストを受けていた為、久々に顔を合わせたような気がした。


「体調はもう大丈夫なのか?」

「んー、大丈夫(だいじょーぶ)。今テスト受けてきたとこー」

「そうか、お疲れさま。もう遅いから家まで送っていこう」

「やった!ありがとー」


そして因果は烏間の後を追う。ぼんやりと広い背中を見ていると、何故だか泣きそうになった。結果への不安か、実力を出し切れなかった悔しさか、はたまた烏間に会ったことで張り詰めていた緊張の糸が切れたのかもしれない。名前の分からない様々な感情が一気に込み上げる。


「…烏間、センセー」

「どうした?」

「……テスト、駄目かもしれない」

「……」


ぽつりと呟くように溢れた言葉。押し殺しながらも、確かにその声は震えていた。烏間が歩みを止めてゆっくり振り返るが、因果は俯(うつむ)いたまま。


「…確かに、この学校は成績が全てだろう。どれだけ正しい行いをしても、成績が伴わなければ評価されないかもしれない」

「……」

「だが俺は紙の上の数字よりも、勇気ある行動を評価したい」

「…せん…せ、」


因果が怖ず怖ずと顔を上げる。すると烏間は目を合わせ、彼女の頭に優しく手を置いた。


「よく頑張ったな、因果」

「っ……!」


どうしてこうも人が欲しい言葉をくれるのだろうと因果は思った。人並みにも泳げない為、両親からどうしてわざわざ飛び込んだのかと責められたからだ。

普段より柔らかい表情の烏間に、因果は気恥ずかしくなり、思わず視線を逸らす。


「さあ、帰るぞ」

「……ん、」


そしてまた歩き出した烏間を追う因果は、手を伸ばしてスーツの裾をぎゅっと掴んだ。


「因果?」

「……ありがと、せんせ」


因果は小さくはにかんだ。


[14/09/23]
答案返却前日。






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