「因果、右手大丈夫?」

「んー、これくらいヘーキ」


陽菜乃の心配そうな声。そして彼女の視線は包帯の巻かれた私の右手首へと移る。呆れた話だが試合中に軽く捻挫してしまったのだ。

結局メグの判断で私はカエデと交代、一人保健室へ。保険医が居なかった為自分で手当てをして体育館に戻った時には試合は終わっていた。まあ得点も本当に僅差で、女バスもギャラリーも指を差して私達を笑える雰囲気ではなかっただけ良しとしなくては。


「やー、惜しかった!」

「勝てるチャンス何度かあったよね。次リベンジ!」


やれるだけのことはやったから、皆もそれ程悔しがってはいないようだ。しかしカエデは一人肩を落としている。


「ごめんなさい、私が足引っ張っちゃった」

「そんな事ないって茅野さん」

「女バスのキャプテンのぶるんぶるん揺れる胸元見たら…怒りと殺意で目の前が真っ赤に染まって」

「茅野っちのその巨乳に対する憎悪はなんなの!?」


どうやら私のいない間にカエデの巨乳嫌悪スイッチが入ってしまったらしい。


「カエデぇ、所詮脂肪の塊なんだから気にすることないってぇー」

「…因果に言われても全然慰めにならないよ……」

「えー?」

「そーそー、この胸じゃねえ?」


カエデとの会話に横から入り、私の背後に回った莉桜に胸を鷲掴みにされた。彼女の手を軽く叩けばすぐに離れてくれたけど。


「もー、止めてよねー」

「ごめんごめん」


子供をあやすように私の頭を撫でながら莉桜は笑っていた。戯れているとあっという間にグラウンドへ。


「さて、男子野球はどーなってるかな」

「よぉ」


得点板を見れば既にE組が3点を先制していた。


「で、一回表からラスボスが登場ってわけ」


グラウンドに現れたのはいつも通りスーツ姿の理事長だ。野球部を必ず勝たせる為に出てきたのだろう。理事長が来たことによって、先程まで漂っていた空気が一掃された。そして野球部は円陣を組み、理事長が何やら指示を出している様子。これからどうなることやら。



***



「ゲ…ゲームセット…!!…なんとなんと…E組が野球部に勝ってしまった!!」


今回の試合、軍配はE組に上がった。私は野球のルールなんて全く分からないから目の前で何が起きているのかよく理解出来ずにいたけれど、周りの反応からして野球とは言えない野球だったのだろう。そんな私でも試合の裏で殺せんせーと理事長の戦略がぶつかり合っていたことだけは何となく分かった。


「カルマぁ、お疲れー」

「ん、お疲れ。…また怪我したわけ?」

「んー、軽い捻挫ぁ」

「全く……無茶して悪化させるなよ」

「分かってるってぇ」


渚君に呼ばれて向こうに行ったカルマと入れ替わるように烏間先生がやって来た。


「あ、烏間センセー」

「…片岡さんから聞いたんだが、捻挫したらしいな」

「包帯(ほーたい)巻いてるけど大したことないから気にしないでぇ」


へらっと笑うと先生は眉間に皺を寄せた。


「無茶をするなと言った筈だが」

「でも反則しないで頑張ったよー?」

「反則をしないのは当たり前のことだ」


ぴしゃりと言われてしまった。まあ確かにそうだけど。


「…が、どうやら頑張ったのは事実らしいからな」


ぽんっと頭の上に置かれた先生の大きな手。…珍しい。


「お疲れさま、因果」

「っ……ん、ありがと」


多分無自覚にふっと口角を少し緩めて笑う先生の顔を何故だか直視出来ず、思わず視線を斜め下に逸らした。


[14/04/17]






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