《not因果》

ボタンを押せば躊躇なく引き金が引かれる。悲鳴やら唸り声が響き渡り、目の前の敵がいとも容易く死んでいく。今のところ殺せる見込みのない担任も、このゲームのキャラクターのように簡単に死なないものかとカルマは思った。ガチャガチャとボタンを連打する音に交じって、階段を降りてくる音が聞こえてきた。


「ちょっと学校に行ってくるねぇ」


二階から降りてきたのはカルマが選んだ服に身を包んだ因果だ。


「何しに行くわけ?」

「理科のノート忘れたのー。無いから勉強進まなくてさぁ」

「ふーん…精々あのデブに捕まらないように気を付けなよ」

「んー、いってきまーす」


あのデブ、というのは昨日来たばかりの鷹岡のことだ。軽い返事をして出て行った因果を横目に、カルマはまたテレビゲームに集中した。



***



教室に入るとそこには誰も居なかった。外を見れば校庭に生徒が集まっており、今は体育の授業中のようだ。因果は自身の机から目的のノートを取り、一応顔を出しておこうと教員室に向かった。


「あ、烏間センセー。おはよぉー」

「おはよう。…その格好ということは授業を受けに来た訳じゃないな?」

「まーね、ノート取りに来ただけだしぃ。…センセ、元気ないね?」

「…そう、見えるか?」

「んー、何となくねぇ?」


確かに鷹岡が来たことによって自身の教育方針について悩んでいた烏間は、自分の弱った姿を因果に見抜かれたことに僅かながらも己を恥じた。どこか気まずさを感じ、ふと視線を校庭へと向けた烏間の目に飛び込んで来たのは、前原の腹部に蹴りを入れる鷹岡の姿だった。


「……あいつ…!!」


更に鷹岡は神崎の頬を平手打ちし、あまりの強さに彼女の身体は力無く地面に倒れた。


「因果!絶対に外には出るな!」


目の前でクラスメイトを殴られ怒りに震える因果に釘を刺した烏間は慌てて外に駆け出した。

殺せんせーが帰って来ても鷹岡を止めることは出来ず、暴力で支配された授業が続く。いくら烏間に出るなと言われても大切なクラスメイトがボロボロになっていく姿をただ見ているだけなのは堪えられなかった因果は意を決して外に出た。


「烏間センセー」

「っ…因果。出るなと言っただろう」

「だってぇー…」

「鷹岡が何をしようが奴の所には行くな」

「…んー……」


曖昧な返事をする因果に対し、烏間はどこか不安そうだ。そしてすぐにその不安は現実のものとなる。

長く終わりの見えないスクワットの辛さに思わず烏間の名を呼ぶ倉橋が次の標的となった。その光景に因果がぽつりと呟く。


「…センセ、やっぱ…我慢出来ない」

「!…行くなッ!」


時既に遅し。烏間が止める前に因果は鷹岡の元へ駆け出していた。怯える倉橋へ鷹岡の拳が迫る、その刹那。


「鷹岡ァッ!」

「!?」


勢いよく地面を蹴り上げ、右足を振り上げて鷹岡の首筋に一撃。…の筈だったが、いとも容易く止められてしまった。しかしそんなことで怯むこともなく、流れるように左手で鷹岡のジャージの裾を掴み身体を近付かせる。そして右裾から護身用のバタフライナイフを取り出して鷹岡の左目に突き立てようとした、のだが。


「因果ッ!」

「っ……!」


烏間の必死な呼び声に我に返った因果は咄嗟にナイフの向きを変えた。その刃は鷹岡の左目に突き刺さることなく、彼の左頬と左耳を掠った程度だった。微かに鮮血が宙に舞う。


「このガキがぁッ…!」


鷹岡は容易く因果の身体を地面に叩き付けた。彼女には全身の骨が鈍く軋む音が聞こえた。痛む肢体に鞭を打って起き上がろうとする因果だったが、その前に鷹岡が彼女の細い首を締め上げた。


「…う…あッ…!」

「お前みたいな悪ガキは、もう二度と父ちゃんに反抗しないようにおしおきしなくちゃなぁ」


呼吸がままならない状態の中で因果は必死に考えた。ここで謝ることは鷹岡に屈服したことになる。それだけは絶対にしたくない。今、自分が何をすれば良いのか。彼女はもう分かっていた。


「ほら、ごめんなさいは?」


因果は自身の首を絞める鷹岡の腕を掴み、強く爪を立てた。そして何事も無いかのように口角を上げて笑うのだ。


「誰がするかよ、デブ」


次の瞬間、鷹岡が振り上げた拳が因果を殴り付けた。近くで誰かの小さな悲鳴が聞こえた。しかし、だらりと鼻血が垂れようが因果は声ひとつ上げず、ただ挑発的な瞳で鷹岡を見上げるのだ。そしてもう一度振り上げられた拳が彼女に届くことはなかった。


「それ以上…彼女に手を出すな。暴れたいなら、俺が相手を務めてやる」


[14/07/01]






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