《not因果》

夜、男子部屋では修学旅行でありがちな恋話で盛り上がっていた。一人一人気になる子を言い合い、更にそれを紙にまとめて似顔絵付きで集計する。1位は全員納得の神崎で、2位に矢田が続く。


「…なあ、カルマ戻って来る気配ある?」


前原の言葉に廊下側の襖に一番近かった渚が廊下に顔を出してみるが、カルマが来る様子は無い。


「ううん、まだ来ないと思うけど」

「…そっか。カルマに悪い…って言うか気不味くなりそうだから言わなかったけどさ、因果普通に可愛くね?」


するとその言葉に賛同する声があちこちから上がった。きっとカルマも見るであろう紙に因果の名前があっては気不味いと考えたのは前原だけではなかったようだ。


「ああ、分かる。カルマと双子の割りに可愛い顔してるよな」

「なんつーか小動物?愛玩動物?っぽく見えるんだけど」

「あー、ちっちゃいしずっと何か食ってたりしてな。俺は旨そうにお菓子食ってるイメージがある」

「カルマも、って言われりゃそれまでだけど、たまに見える八重歯とか俺は良いと思う」


カルマが居ない今、ここぞとばかりに各々が普段因果に抱いている感情を吐き出す。そんなクラスメイト達に渚は少し驚いていた。渚にとって因果はただの友達でしかなく、然程異性として見ていなかったからだ。加えてカルマの存在が大きく、そんな感情が湧くことも無かった。だからこそ然り気無く彼女と接していたクラスメイト達の本音に驚いたのだ。


「因果ってさ、なんかこう…エロくないか?」


ぽつりと出たその言葉は、思春期真っ只中の男子中学生らしい言葉だ。


「あー…俺は舌舐めずりにドキッとするなあー。後不意の上目遣い」

「それ分かる。素でやってる所があるよな、因果って」

「狙ってないから憎めないってゆーかさ。でも見せパンだからーとか言って平気で殺せんせーに回し蹴り入れようとしたりして、周りにいる俺等のこと考えてない時があるのは…流石にちょっとなあ?」

「でも単に俺達のことなんて眼中に無いってことなのかも…」

「あー…それはそれで……」


はぁ、と一斉に溜め息が漏れる。彼女から全く異性として見られていない、意識されていないと思うと何だか悲しくなるのは多少なりとも彼女に好意があるからだろう。


「確かに、って言うか因果の奴烏間先生と仲良くね?」

「そう言われりゃそうだな。先生も因果だけ名前呼びだし……まさか……?」

「「……ンな訳ねーか」」


幾ら何でも教師と生徒が付き合っている訳がないと声を揃えて言った。だが因果と烏間の間だけ他の生徒とは違った雰囲気が漂っているように見えるのも事実だ。


「クラスのマドンナが神崎さんなら、因果は…なんだろうな?」

「裏マドンナ…って言っても、因果はマドンナって柄じゃねーし」

「茅野は小悪魔系女子、なんて言ってたけど」


班決めの時に茅野がそう言っていたことをふと思い出した渚。するとその言葉に同意の声が。


「無意識に俺達を翻弄する小悪魔、みたいな?」

「それ良いな!そんじゃ因果は小悪魔ってことで、」

「「異議無ーしっ」」


声を揃えて同意していた時、襖がノックされた。


「っ…どーぞー」


磯貝は慌てて紙を隠しながら応えた。一体誰だろう、と全員の視線が襖に向かう。すると襖を開けて顔を覗かせたのは、今正に話題に上がった因果だった。その為疚(やま)しいことは無いが全員思わずどきりと胸を鳴らす。

因果は浴衣姿で、普段コンタクトなのか眼鏡をかけていた。更に長い赤髪を結い上げており、いつもと違う姿にどぎまぎしてしまう。だが因果はそんなことなど気にせずに部屋を見渡してから口を開いた。


「…ね、カルマは?」

「カルマ君ならまだ戻って来てないけど…どうしたの?」

「昨日のジュース代返して貰おーと思ったんだけど……」

「因果?」

「あー、カルマぁ」


レモン煮オレを飲みながら大部屋に戻って来たカルマ。


「アイス買うから昨日のジュース代返してー。今小銭無くてさぁ」

「あー、ちょっと待って」


カルマはレモン煮オレの缶を因果に渡し、財布から小銭を取り出して缶と交換するように彼女に渡した。


「ん、ありがとー」


邪魔してごめんね、と部屋にいた男子達に告げた因果は去って行った。足音が遠くなっていき、思わず安堵の表情を浮かべる。そんなクラスメイトの姿にカルマは首を傾げた。


「皆して何かあった?」

「い、いや…何でもないんだ」

「なあカルマ!おまえ、クラスで気になる娘いる?」


修学旅行の夜はまだ長い。


[12/11/16]






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