リラクゼーションルームの長椅子に腰掛けてぼんやりと外を眺めていた。今皆は総出で殺せんせーを暗殺しようとしている所だ。何かあったのか男子は異様に殺気立っている。何だか暗殺する気分になれなかった私は一人でここにいる訳で。


「因果」


その声に振り返ると浴衣姿の烏間先生がいた。先生は暗殺に参加しないのかな。


「烏間センセー…、どーしたの?」

「いや…隣、良いか?」

「んーっ、どーぞ」


そう言って私の隣に腰掛けた烏間先生は何故か瓶のコーヒー牛乳を渡して来た。


「……?」

「昨日のコーヒーの分だ。奢られっぱなしは嫌だからな」

「ありがとー、センセー」


私がコーヒー牛乳好きなことを覚えててくれたのが純粋に嬉しい。


「……」

「…センセー?」


黙り込む先生が少し不気味で下から先生の顔を覗き込んでみたら、いきなり顔を掴まれた。まじまじと見られてる。え、何これ怖い。


「か、烏間せ……」

「…結構酷い怪我だな」


なんだ。先生は怪我の具合を見ているようで。お風呂入るのに包帯とか全部取っちゃったから、烏間先生は「救急箱を取ってくる」と言って一度この場を離れ、またすぐに戻って来た。


「手当てするぞ」

「お願いしまーすっ」


頬の腫れは気にならなくなったし別に手当てしなくても良かったけど、今回は烏間先生の優しさに甘えることにした。消毒液が傷に染みる。それにしても…、


「烏間センセー、今スッピンだからあんまり見ないでー」

「何がスッピンだ。化粧など中学生らしくないぞ」

「嫌なのー。カルマに似てるから睫毛短いし男顔だしぃー…」

「俺はそうは思わないが?」

「え…?」


くるくると頭に包帯を回しながら烏間先生は話続ける。


「自分で思ってる程睫毛は短くないし男顔でもないぞ。確かに双子だから彼と似ているがよく見れば全く違う。だから化粧なんて止めろ、そのままでも充分可愛いぞ」

「……センセー。それ口説いてるの?」

「馬鹿を言うな」


そう言いながらの最後の一巻きが心做(な)しか強かった気がする。…「よく見れば」ってことは烏間先生は私のことを見てるってことかな。まあ先生のことだから深い意味は無さそう。…でも、これからは少しだけ控えてみようかな。包帯の後は頬に湿布。湿布の臭いが鼻を刺す。


「こんなものか」

「ありがと、センセー」


救急箱を閉じた烏間先生はまた黙り込んでしまった。どうしたんだろ。


「…済まなかった、」

「何がー?」

「任務とは言え人通りの少ないルートを選ばせた所為で連れ去られ、更に怪我まで負わせてしまった。これは俺の責任だ」


…ああ、そっか。先生は先生で自分の所為だと思ってるんだ。でも今回は全部私の考えが甘かったから起きてしまったこと。それにこの怪我は私が勝手に挑発して作った訳だし、先生は何一つ悪くない。


「センセーは悪くないよ。全部私が悪いんだからさぁ」

「しかし…」

「大体、メリットの大きいこの暗殺がノーリスクな訳ないよー。多少のリスクは負わないと、殺せんせーは暗殺出来ない。…でしょー?」

「……」

「だーかーらぁ、そんなに気に病むことないって」


へらへらと笑ってみせるけど、先生は眉間に皺を寄せたまま。


「…だが、傷が残ったらどうする。女性なら尚更だ」

「あー…」


確かに、傷が残るのは少し不味い。


「じゃあもし傷が残って結婚出来なかったらぁ、センセー私のこと貰ってくれるー?」

「…なっ……!」


何か返してくれるかなーと思ったら、先生は本気で考え込んでしまった。ただの冗談だったのに。少なからず責任を感じている先生には笑えない冗談なのかもしれない。


「じょ、じょーだ……」

「そうだな」

「へっ…?」

「確かに奴を暗殺する為に多少のリスクを負うことは止むを得ない。だがやはり俺にも責任はある。結婚…は流石に出来ないだろうが必ず償おう」


先生は想像以上に真面目だった。言い方は悪いけどクソ真面目。


「……じゃ、今度センセーの家に遊びに行きたいなぁ。…償ってくれるんでしょー?お願い位、聞いてほしいな」

「俺は傷が残ったら、という話をしてたんだが……。それで因果の気が済むのなら」

「うん、充分(じゅーぶん)」


テストのご褒美とはまた違う日にね、と念を押すと烏間先生は「大変だな」と苦笑いを浮かべた。


「…因果、」

「んーっ?」

「もう今回のように自分の身を危険に晒すようなことはするな。何度も問題を起こされては俺の身が持たん」

「…それって心配してくれてる?」

「当然だ」


行きの新幹線の中でも私なんかを心配してくれた先生。やっぱりそれが嬉しくて、どこかむず痒い。


「なら指切りしよー?」

「指切り?」

「そ!センセー、小指貸してー」


差し出された先生の小指と小指を絡めて軽く上下に振る。


「ゆーびきーりげーんまんっ、うーそつーいたーら…殺せんせーに手入れされるゆーびきったっ!」

「約束だからな」

「んーっ。なんかセンセーとの約束が増えてくねぇ」


まるで殺せんせーの弱点のように、これからも烏間先生との約束事が増えていくような気がする。そんなことをぼんやりと考えながら、隣に座る先生に寄り掛かった。


「っ…因果、」

「ん、ちょっとだけ…ちょっとで良(い)ーから……」

「…少しだけだぞ」

「ありがと…センセー」


先生の温もりを感じながら目蓋を閉じた。


[12/11/18]






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