「さて、始めましょうか」


「何を?」と言う全員の心の声が聞こえたような気がした。黒板の前にはハチマキ巻いて何体にも分身する殺せんせーがいる。


「学校の中間テストが迫って来ました」

「そうそう」

「そんなわけでこの時間は」

「高速強化テスト勉強をおこないます」


クラス全員分に分身する殺せんせーは、各生徒の机の前に移動する。下らないと言う寺坂の殺せんせーだけNARUTOの額宛でつい笑ってしまった。


「殺せんせー、私寝てて良(い)ー?」

「それはダメです。確かに因果さんは過去のテストを含め全てにおいて高得点、高成績を収めていますが誤字が目立ちますねえ」

「うっ……」

「過去の回答を見る限り誤字や見直しの不十分で点数を落としています。引かれるのはたった1点ですが、然れど1点。100点を目指していきましょう」

「…はーい……」


そう言って無地だった殺せんせーのハチマキは「誤」に変わる。ちらりと隣を見ると、カルマのハチマキは「数」だった。


「――…1と7が同じように見えてしまいますねえ」

「えー…んじゃこれはー?」


1と7の違いが分からないと言われたから、ノートにはっきりと書いて視線を上げると、殺せんせーの真ん丸の顔が大きく歪んでいた。


「急に暗殺しないで下さいカルマ君!!それ避けると残像が全部乱れるんです!!」


案外繊細だった。でも今全員で暗殺すれば少しは成功率が上がるような気がするけど。この強化テスト勉強、いつまで続くんだろ。眠くなってきた。



***



放課後、大きな欠伸をしながら廊下を歩く。午後の授業は体育と英語だったけど、あまりの眠たさに保健室のベットに逃げ込んだ。そしてスマホのアラームで起きて、今に至る。


「おや、こんにちは赤羽因果さん」

「……どーも、理事長」


声をかけてきたのはスーツをきっちり着込んだこの学園の理事長、浅野學峯だ。この男はあんまり好きじゃない。


「“この前の話”を蹴ったようですね。とても残念です」

「……無条件でのお誘い感謝します…が、戻る気は更々ありませんので」

「…そうですか。だがあまり下らないことは考えない方がいい」

「……」


バチバチと音が立っているかのように視線がぶつかる。すると理事長からルービックキューブを投げ渡された。


「全色を合理的に揃えるにはどうしたらいいと思いますか?」

「……」


全面をしっかり見た後、カチカチと揃えにかかる。


「合理的。道理や論理にかなっているさま、むだなく能率的であるさま。…理事長は何事も合理的であることを信念に生きていると思いますが、私はそうは思いません。何事も合理的で効率良くいく人生なんて面白くない。多少不合理で、不条理で、不公平で、差別的で、回り道のある人生の方がよっぽど面白くて価値のあるものだと思います。だからこれも人生と同じように少し面倒でも一面ずつ揃えていった方が、面白い」


全色揃ったルービックキューブを理事長に投げ返すと、あまり面白くなさそうな表情を浮かべていた。


「……随分饒舌になりましたね。どちらが本当の貴女なんでしょうか」

「……」

「…まあいいでしょう。中間テスト、頑張って下さい」

「言われなくても、学年1位を取りますよ」

「楽しみにしています」


作った笑顔を張り付けた理事長はそう言って去って行った。私も鞄を取りに教室に向かう。

ああ、やだやだ。あのタイプと話すと昔の自分が顔を覗かせる。


「あっ、因果さん!丁度良いところに!」

「んー?どーしたの?渚君」


呼ばれて視線を向けると、教員室から慌てたように渚君が顔を出した。


「殺せんせーが知恵の輪に絡まっちゃったんだ。解(ほど)くの手伝ってくれないかな?」

「んー、良(い)ーよぉー」


ほら、“こっち”の方が私らしい。


[12/10/04]
title:水葬






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