取り合えず終わった全校集会。E組はほっとした表情を浮かべながら旧校舎へと帰って行く。あ、カルマにイチゴ煮オレ買ってかないと。ついでにコーヒー牛乳も買って行こう。体育館外にある自販機に売ってたかなー、なんて考えながら歩いていると、背後から上擦った声で名前を呼ばれた。


「あ、赤羽っ……!」

「んーっ?」


振り向けば、息を切らして切羽詰まった表情を浮かべる先生がいた。私が殴ったのとは違うヤツ。確か私が一年の時隣のクラスの担任だった気がする。


「た、頼む…!こっちに戻って私のクラスに入ってくれ…!でないと私は…私は……!」


膝から崩れ落ちながら言った先生。出来の悪い生徒がE組に落ちるのと同じく、評価の高くない教師は減給降格、最悪クビになる。評価を上げるには自身の受け持つ生徒の成績を上げるか、一流高校へ進学させなければならない。私なんかに頭を下げて頼むのだ、きっと評価が上がらず危機感を覚えているのだろう。でも私には関係の無いことだ。


「私にメリットなんて無いですよねぇー?」

「っ…わ、私に出来ることなら何でもする!」

「……ふーん、」


さっきから視界の隅でちらついていた、無造作に放置されていた金属バットを手に取る。


「じゃ、コレで殴らせてくださーいっ」

「…ヒッ……!」


別に本気で殴ろうだなんて思ってない。ただこう言うタイプはこれ位しないと簡単には引いてくれないから。


「頼む、それだけは…!」

「えー?何でもするって言ったじゃないですかぁー」

「それ以外だった何でもする、嘘じゃない!」


なにそれ。自分の地位を守る為なら多少のリスクは負うべきだ。なのにこの男ときたら。少し前までは周りと一緒になってE組を笑っていたのに、今E組の私に頭を下げている。馬鹿馬鹿しい話。なんだか頭にきたからそのままバットを振り翳(かざ)した。


「…悪いけど、“それ以外”は無いよ」

「ッ!」


恐怖で歪んだ顔。なんだか笑えてくる。きっと私は醜い笑みを浮かべているのだろう。そう思いながらバットを降り下ろした、筈だった。


「もうその位にしておけ、因果」

「……烏間センセー、」


バットを握る手を烏間センセーに掴まれて、降り下ろすことはなかった。仕方がないからゆっくりとバットを下ろす。でも烏間先生に止められて、ほっとしている自分がいた。


「また停学になるぞ。そんな暇はない筈だ」

「……そーだったね」


腰が抜け、恐怖で震えている男を尻目にバットを地面に投げ捨てた。


「何度頼まれようと戻るつもりは無いから。じゃね、センセー?精々頑張ってぇー」


踵を返して歩き出すと、隣の烏間先生が頭を抱えながら溜め息を吐いた。


「全く、俺が止めなければどうするつもりだったんだ」

「んー、本気で殴りはしないよ?顔掠める位で止めようと思ってたしー」

「本当か?」

「……えへっ、」


ふざけたように笑ったら、「笑って誤魔化すな」と言われながら頭を軽く小突かれた。


「…でも、止めてくれてありがと、センセ」

「……ああ」


途中見付けた自販機でイチゴ煮オレとコーヒー牛乳を買って、烏間先生と一緒に旧校舎へと帰る。だけど視線を感じて立ち止まり、視線を上に上げる。


「……」

「どうした?」


形は見えないけど、多分監視カメラ。なんだか嫌な感じ。


「…んーん、何でもない」

「?…そうか」


本当のことは言わずにまた歩き出した。


[12/09/22]






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