外に出て少し探すと、茜ちゃんはすぐに見つかった。隅の方に立つ木の下でうずくまる小さな背中。静かに歩み寄って、その隣に座った。


「……」

「今さぁ、職員さんに聞いちゃったんだよねぇ。茜ちゃんのこと」

「っ……!」


小さく揺れた肩。顔を隠すようにして垂れた髪の隙間から、今にも泣きそうな顔が一瞬見えた。


「別に、責めたりしないよ。無理に話せとも言わないしぃ」

「……」

「でもさぁ、最初の内は良くても段々不便になっていくんだよねぇ、話せないのって。本トに伝えたい事があった時なんてもー最悪。話せない自分にイライラするしぃ、頑張って話そうと思っても直ぐに声出ないしさぁ」

「……」

「んで偶に思うんだよねー。このままじゃダメだって」

「っ……」

「……もし、茜ちゃんが「このままじゃダメだって」思ってるなら、私、力になるから」


茜ちゃんからの反応は無い。室内から子供達の声と、外で作業に取り掛かった男子達の声が聞こえて来た。
一旦中に戻ろうかと、ゆっくり立ち上がり、スカートの裾を軽く叩いて土を払う。


「私は先に戻ってるからねぇ」


俯いたままの茜ちゃんの頭を優しく撫でてから、背を向けて歩き出した。


「!……茜、ちゃん?」


二、三歩足を進めた所で、後ろから手を引かれた。振り返れば、そこには茜ちゃんが。その目は少し赤くて、潤んでいた。どうしたのか聞く前に、彼女の口が動いた。勿論声は無かったけど、一体何を伝えたいのかは分かった気がした。


「……私と、頑張ってみる?」


それに対し、茜ちゃんは今までで一番力強く頷いた。それが何だか嬉しくて、思わず口許が綻ぶ。


「よしっ、頑張ろ!」


それから、私と茜ちゃんの秘密の特訓が始まった。


***


あっという間に二週間が経ち、殺せんせーに付き添われて退院した園長が施設にやって来た。たった二週間で変貌を遂げた建物に目を剥いている。まあ、木造平屋が屋根裏付きの二階建てになっていたら当たり前の反応だろう。

男子達を中心に補強増築した施設には、図書館と室内遊技場を設けた。子供達は安全性を確保した遊技場で楽しそうに遊んでいる。更に園長の自転車も電動アシスト付きの三輪自転車に改造し、出来る事は全てやったつもりだ。


「第一、ここで最も重要な労働は建築じゃない。子供達と心と心を通わせる事だ。いくらモノを充実させても…おまえ達が子供達の心に寄り添えていなかったのなら、この2週間を働いたとは認めんぞ」

「おーい渚ー!!」


響いた女の子の声。渚君が勉強を教えていたさくらちゃんだ。その手には95点のテストを持ち、表情はとても明るい。


「ジャーン!!なんとクラス2番!!」

「おーすごい頑張ったね!!」

「おまえの言うとおりやったよ」


どうやらさくらちゃんはテストの時間だけ出席して、解き終わったら直ぐに帰ったらしい。流石渚君、よく考えてる。テスト中ならいじめられる事も無いしね。


「自分の一番得意な一撃を、相手の体勢が整う前に叩きこむ。これがE組(ぼくら)の戦い方だよ、さくらちゃん。今回は算数だけしか教えられなかったけど、こんな風に一撃離脱を繰り返しながら…学校で戦える武器を増やしていこう」

「だ、だったら、これからもたまには教えろよな」

「もちろん!!」


渚君の応えに、分かりやすく笑顔になったさくらちゃんに声を掛ける。


「ねぇ、さくらちゃん。ちょっと良い(いー)かなぁ?」

「ん?……茜?」


私の後ろにいた茜ちゃんがゆっくりとさくらちゃんの前に立つ。俯いたままで中々切り出せずにいたが、少し間を置いてから、意を決したように顔を上げた。


「……っ、さ…くらちゃん、」

「!?茜、あんた……!」


ずっと話せずにいた茜ちゃんが声を発した。さくらちゃんも、園長も、みんな驚きのあまり言葉を失っていた。


「ごめん…ね……?」

「ッ!ずっと、心配してたんだからぁ……!」


ぽろぽろと大粒の涙を零して抱き合う二人の姿に、私まで目頭が熱くなってきた。茜ちゃん、ずっと練習頑張ってたもんね。ちらりと横を見れば、カエデや陽菜乃は今にも泣きそうになっていた。


「…クソガキ共、文句のひとつも出でこんわ。もとよりおまえ等の秘密なんぞ興味は無い。ワシの頭は自分の仕事で一杯だからな。おまえ等もさっさと学校に戻らんか。大事な仕事があるんだろ?」

「「…はい!!」」


こうして、二週間の特別授業は幕を下ろした。
……例えそれが中間テストの前日でも、私には関係無いけど。


[17/05/07]






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