「ジャ、「正義(ジャスティス)」!?てっきり「正義(まさよし)」かと思ってた…」


朝からカエデの驚いた声が教室に響いた。思わず枕に埋めていた顔を上げる。どうやら話題の中心は木村のようだ。まあ、あの名前は初めて聞いたら九割九分の人間が驚くだろう。それだけあの名前は珍しい。親に対してぼやいていると、同じく不満を持った綺羅々が話に加わった。

すると肩を叩かれ、視線だけ移すとカルマがあの話の輪を指差していた。面白そうだから混ざりに行こう、ということだろう。気だるい身体を奮い立たせて立ち上がり、カルマの後に続く。


「「大変だねー、皆。へんてこな名前つけられて」」


カルマと被ったその言葉に、皆から「お前らがそれを言うのか」みたいな視線が向けられた。まあ言いたいことは分かる。


「あー、俺?俺は結構気に入ってるよ、この名前」

「私もー」

「たまたま親のへんてこセンスが子供にも遺伝したんだろーね」


けれど木村はあまり納得していない様子。


「先生も、名前については不満があります」


私とカルマの間に顔を寄せて現れた殺せんせー。どうやら気に入っているその名前を、烏間先生とイリーナが呼んでくれないことが不満らしい。


「烏間先生なんて私を呼ぶ時、「おい」とか「おまえ」とか、熟年夫婦じゃないんですから」

「…だって…いい大人が「殺せんせー」とか…正直恥ずいし」


泣きながら訴える殺せんせーに対し思わず本音が出るイリーナ。まあ確かに大人が「殺せんせー」なんて呼ぶのも抵抗があるだろう。


「じゃーさ、いっそのことコードネームで呼び合うってどう?」

「コードネーム?」

「そ、皆の名前をもう1つ新しく作るの」


桃花の提案は実行された。一人一人がクラス全員分のコードネーム候補を書き、その中から殺せんせーが一枚引いたものが今日のコードネームとなるらしい。……けれど全員分考えるのは大変だ。


「今日1日…名前で呼ぶの禁止!!」


***


一時間目は体育だ。フィールドは裏山。烏間先生……じゃない、「堅物」を標的とし、狙撃するのが今回の目標だ。けれど私の動きは警戒されているだろうから、今回は「堅物」を牽制しつつ退路を絶つのが私の役割だ。

マナーモードにしてある携帯が震える。辺りを警戒しつつすぐ着信に対応する。


「はいはーい。「英語ギャル」、どうかした?」

「「堅物」の動きを教えて、「片割れ(妹)」」


ライフル銃のスコープを覗き込んで「堅物」の動きを確認する。「貧乏委員」と「女たらしクソ野郎」が「堅物」の背後にいるけど……うーん……。


「「堅物」は沢近くにいるよー。…けど、そっちも準備してた方(ほー)がいいかなー」

「了解!」


通話を切ってから少しした後「ツンデレスナイパー」の狙撃は失敗。「堅物」と一定の距離を保ちつつ、後を追う。

最終目的地点に「堅物」を誘い込むため、長距離から狙撃を行う。すぐに狙いを定めて引き金を引く。けれどあくまで牽制するもののため、「堅物」の足元にペイント弾が飛び散る。それにより「堅物」の一瞬動きが止まり、スコープ越しに目があった気がした。


「っ……!」


こんなことで動揺するなんて、私もまだまだかな……。そして連携もあり、「鷹岡もどき」が「堅物」に一発当てた。「凛として説教」が指揮を取りつつ、そこから全体で追い込みにかかる。私も素早く狙撃ポイントを変え、「中二半」と共に退路を塞ぐ。チャンスを逃さずに「ギャルゲーの主人公」が狙撃したのだが。


「「ギャルゲーの主人公」!!君の狙撃は常に警戒されてると思え!!」


予想通り簡単に読まれていたようだ。だからこそ、今回は“彼”が決める作戦だ。


「「ジャスティス」!!」


裏山に銃声が鳴り響いた。


***


「…で、どうでした?1時間目をコードネームで過ごした気分は」

「「なんか…どっと傷ついた」」


重い空気が教室中に漂う。みんな肩をがっくり落とし、頭を抱えたり机に突っ伏したり。精神的に疲れきっている。


「殺せんせー、何で俺だけ本名のままだったんだよ」


それに対し、今日の訓練内容を考え木村なら活躍すると思ったかららしい。殺せんせーの予想は的中、今日の立役者だ。それから、木村の名前は比較的簡単に改名出来るらしい。


「でもね、木村君。もし君が先生を殺せたなら…世界はきっと君の名前をこう解釈するでしょう。「まさしく正義(ジャスティス)だ」「地球を救った英雄の名に相応しい」と」

「………」

「親がくれた立派な名前に正直大した意味は無い。意味があるのは、その名の人が実際の人生で何をしたか。名前は人を造らない。人が歩いた足跡の中に、そっと名前が残るだけです」


この席から見えた木村の横顔は、どこか誇らしげで、どこか報われたような表情だと私は思った。


「…さて、今日はコードネームで呼ぶ日でしたね。先生のコードネームも紹介するので…以後この名で呼んで下さい」


ああ、これって今日一日続くんだっけ……。


「「永遠(とわ)なる疾風(かぜ)の運命(さだめ)の皇子」と」


口角を上げてドヤ顔を決める殺せんせー。一呼吸の間があった後、怒号や銃声が飛び交う。怒りが頂点に達したみんなから、ゴミまで投げ付けられる始末だ。まあ、それもそうだろう。


「1人だけ何スカした名前付けてんだ!!」

「しかもなんだそのドヤ顔!!」

「にゅやッ、ちょ、いーじゃないですか1日ぐらい!!」


そしてこのあと殺せんせーは、「バカなるエロのチキンのタコ」と呼ばれることになった。


***


「かーたーぶーつー」

「……因果、それはもう終わったんじゃないのか?」

「んー、でも今日一日って話だったからさぁ」


放課後、烏間先生を訪ねた。教員室には先生しか居らず、一人パソコンに向き合っていた。だから先生の向かいの席に座る。


「確か因果は…「片割れ(妹)」だったか」

「そーそー。片割れだなんて絶対イリーナだよー。あんまり嬉しくないなぁ」

「?」

「だってさぁ、片割れだなんてカルマと一緒にされてる感じするから…なんだかねぇ」

「……そうだな。因果は因果だ」


ああ、やっぱり先生は分かってくれる。


「因果、何か用があって来たんじゃないのか?」

「あっ、んー。あの、さ…おっちゃん、どうなったのかなーって……」


あの日から毎日学校帰りショップに寄っていたが、扉は閉まったまま。烏間先生に直接聞けるチャンスも無く、今日まで来てしまった。


「……その件についてだが、たった今連絡が入った」

「え……?」


烏間先生のキーボードを打つ手が止まり、視線がこちらに向けられた。


「上司に掛け合った結果、彼をE組の特別講師として招くことが正式に決まった」

「!」

「これまで通りの生活を送りながら講師としてE組に来てもらうことになるだろう。……良かったな」

「…うんっ……!」


きっと烏間先生がわざわざ働きかけてくれたのだろう。先生のその優しさと、これまで通りおっちゃんに会えるのが純粋に嬉しい。


「センセ、ありがと」


仕事だからな、とぶっきらぼうに答えた先生の表情は優しかった。


[16/02/21]
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