《not因果》

因果は珍しく緊張していた。顔には出さないものの、身体は少し強張っている。何故ならこれから烏間を馴染の店主に会わせるからだ。彼女自身にやましいことはなく、烏間もガンショップに出入りしていることを咎めるつもりは無いと言った。なら何故今更、店主に会わせて欲しいなどと烏間が申し出たのか、因果には見当もつかなかった。だからこそ、緊張するのだ。


「…ここだよ、センセー」


烏間を案内しながら、いつもの路地裏を通って店の前までやって来た。扉に掛かった札は「close」となったままだが、これは今日のことを前以て因果から伝えられていた店主の気遣いだ。


「ありがとう。…因果、すまないが車で待っていてくれ。話は俺だけでしてくる」

「え……?」


そう言って握らされた車の鍵。因果抜きでの話とは一体どんな内容なのか、彼女には見当もつかなかった。


「せ、センセ?どうして……」

「…あまり、君の為にはならない内容だからだ」


そしてもう一度車に戻っているように伝えた烏間は、彼女の返答を聞かずに店へと足を踏み入れた。扉にかかった札が揺れる。取り残された因果の脳裏を烏間の言葉が何度も反響する。彼の言葉が一体何を意味するのか、車の鍵を握り締めながら考えるしかなかった。

彼女は烏間の言いつけを守らず、その場に残ったまま思考を巡らせる。だからと言って答えが出ることは無く、しばらくして因果は決意した。「やっぱり店に入って話を聞こう」と。勿論烏間に怒られるかもしれないが、それでも気になるものは気になるのだ。

そして因果は意を決して扉を開けた。


「…烏間センセー、やっぱり私……」

「“姿無き亡霊”と呼ばれた殺し屋は、お前のことだな」


耳を疑った。だが烏間は今確かに殺し屋と言ったのだ。この店の店主に向かって。振り返った烏間と目があった。何処か焦ったような色をしている。


「!因果……!?」

「せ、センセー……嘘だよねぇ……?おっちゃんが殺し屋なわけ……」

「……残念だが事実だよ、因果嬢」


店主が沈黙を破った。烏間が話を聞かせたくなかった理由をようやくここで理解した。いくらこの春から本物の殺し屋を目の当たりにする状況だったとしても、以前より慕っていた人物が殺し屋というのは衝撃的である。


「俺は別に亡霊だなんて名乗ったことは無いんだがね。周りが勝手にそう呼んでるだけだ。しかも何年も前の話を出してくるなんて、アンタも物好きだな」

「…生徒の安全を確保するために調べたまでだ。「超遠距離かつどんな状況下でも一発で目標を狙撃する凄腕のスナイパー。滅多に姿を現さないことから“亡霊(ゴースト)”と呼ばれている」。見付かった情報はこれだけだったが……」

「元々足がつかないようにやり過ごしてたからな。それに殺し屋とはあまり接点の無い日本政府ではそれ位の情報しか出なくても当然だ」


ここまで聞いて因果はようやく話の意図を掴めた気がした。烏間はあくまでも因果の安全の為に動いていたようだ。政府からの依頼を受けたイリーナやロヴロであればE組の生徒に手を出すことは無い。しかしそうでない殺し屋であれば、最悪の事態も起こりかねない。だから烏間は店主の正体を彼女には知られたくなかったのだ。


「一つ聞きたいことがある」

「……」

「この夏、沖縄で我々の宿泊したホテル周辺で生徒を攫おうとした男二人が何者かによって気絶させられていた。その二人の供述では観光客を名乗る男にやられたと話している。……その観光客というのはお前だな?」

「……良く分かったな。恐れ入るよ」


南の島での暗殺失敗、鷹岡との激闘。すぐに思い出される記憶。しかし烏間の話は初耳だった。


「…センセー、生徒を攫うって……初耳なんだけどなぁ」

「どういう訳かこの男によって未遂に終わったからな。…鷹岡は部下に指示して君を攫おうと計画していたようだ」

「っ…どーしてそーなる訳ぇ……?」

「どうやらあいつは以前君にされた事を根に持っていたらしい」


鷹岡が烏間の代わりに教師として配属された時の事だ。牙を向いた因果のあの笑みに取り憑かれた鷹岡が、彼女を攫い果ては命を刈り取ろうとしていた思惑は店主によって砕かれた。それ自体は良いのだが、何故店主がその情報を知っていたのかが重要なのだ。


「……情報屋の天宮って知ってるか?」

「情報屋……?」

「ここ数年裏社会で名を聞くようになった腕の良い情報屋さ。その男が今年の四月、俺に接触してきた。月を爆破した超生物の情報を一式寄越してきたんだ」

「なに……!」

「そのバケモンが因果嬢の担任になったってこともオマケに付けてな。…ああ、安心してくれ。そのことを他に流したりはしてない」


殺せんせーについての情報が関係者や依頼した殺し屋以外の人間に漏れたとなれば一大事だ。烏間の表情からそれを読んだ店主はすぐに漏洩は無いと言う。


「……とっくに足を洗ったが、それでも俺は元殺し屋だ。死ぬこと自体に恐れは無い。だから来年の三月に地球が爆発しようが、そんなことどうだっていい、そう思ってた。……因果嬢が楽しそうに学校のお友達や、先生の話をする姿を見ていたら…先の未来が見たくなったんだ。だからそれ以来店で指導する時は、殺しの術を教えた。何も知らない子供にそんなことを教えた日は罪悪感で眠れなかった。…沖縄の時は、鷹岡って奴の情報を天宮が流してきたんだ。俺はすぐ沖縄に飛んださ。そして情報通り因果嬢に危害を加えそうになったから阻止しただけだ。……これが全てだ。亡霊と呼ばれた男が、一人の少女に絆された姿さ」


男は呆れたように笑ってみせた。一気に雪崩れ込んできた情報量に因果は唖然としていて。


「……疑ってすまなかった。生徒を救ってくれたことには感謝している。だがあの超生物の存在が知られた以上、一度防衛省へ同行願おうか」

「ああ、勿論だ」


いくら因果を救ったとは言え、目の前の男が殺せんせーの情報を握っている以上野放しには出来ない。情報屋について聞きたいこともある。烏間の対応も当然だろう。


「っ…おっちゃん……!」

「……すまなかった。ずっと君を騙していたんだ、許してくれとは言わないよ」

「許すも何も、私はおっちゃんを責めてなんかないのにぃ……。色んなこと教えてくれて感謝してるんだよ。……だから、これからも沢山教えて欲しい」


真っ直ぐな彼女の瞳に亡霊は息を呑んだ。拒絶されるかと思っていたからだ。因果の言葉に、烏間も彼女の思いを尊重出来るような対応をしようと決めた。

そのまま烏間は店主を連れて防衛省へ戻るようだ。因果に渡していた車の鍵を受け取る。彼女はここで少し試し撃ちをしてから帰るとのこと。それを店主は快諾し、合鍵を渡して烏間と共にガンショップを後にした。


「悪いようにはしない。出来れば我々に手を貸して欲しい。暗殺成功の為に、そして因果の為にも」

「……こんな落ちぶれた男に何が出来るかは分からないが、断る理由も無いからな。好きに使ってくれ」


そこまで言って、男は不意に小さな笑みを溢した。それに気付いた烏間が「どうかしたのか」と尋ねる。


「…いや。ただアンタも俺も、あの子に絆された似た者同士だと思ってな」

「……ああ、そうだな」


[16/1/20]






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