少し時間を巻き戻してコユリがヒョウルモン達と再会を果たす三日程前のアメリカ。こちらでもある事件が起きていた。

キリハは学校帰りにツバキの本社ビルを訪れていた。ツバキの経営学を間近で学ぶ為であり、それはキリハの日課となっている。社員達にはツバキの将来の息子としてキリハを紹介しており、誰一人嫌がらずに温かく迎え入れてくれた。

凛堂ツバキと言う男は、学歴だけで人を見るような人間ではなかった。学歴など二の次で、その人物の持つ素質や資質を見抜いては部下とした。人種や国籍も問わないという方針から、本社の社員は様々な国籍の人間がいる。「お人好し」と言えばそうかも知れないが、そんな社内はいつでも和気藹々としており、初めてここを訪れた時キリハは驚いていた。父、大悟の影響もあり、規模の大きいグループ会社は何処か殺伐としたイメージがあったからだ。それとは正反対の雰囲気に、これもツバキの人望が成せるものなのだろうとキリハは思った。いつか自分もこんな部下に囲まれる日が来るのだろうかと未来に思いを馳(は)せる。


「キリハ君、もうすぐ長期休みに入るだろう?」

「ええ、来週からです」


ツバキはふと思い出したように口を開き、手元の書類から視線を上げてキリハを見た。


「確かあの学校は九月上旬まで休み、だったかな」

「はい」

「なら長期休みは日本で過ごすといい。流石に学校と会社の行き来だけではつまらないだろう?」

「いえ…そんなことは…」


謙遜するキリハに、ツバキはくすりと笑いながら眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。


「実は珍しくコユリからメールが来てね、「いい加減長期休み位はキリハくんを解放して!」なんて。よっぽど君に逢いたいんだろうな」

「コユリがそんなことを……」


電話やメールではそんなに逢いたいと言わないコユリだったからか、嬉しさのあまり思わずキリハの口許が綻(ほころ)びる。


「そういう事だから、飛行機は私が手配しておこう。久々の日本を満喫してくると良い」

「っ…ありがとうございます、ツバキさん」


満足そうに微笑むツバキ。だが次の瞬間突如部屋の全照明が明滅し、そして消えた。


「停電か?」

「ッ……!」


キリハは思わずその場から立ち上がった。一年経つがあの独特な気配を忘れる筈がない。耳を横切る電子音。そして一瞬だけ目の前の風景がぶれて見えた。窓に駆け寄り外を見ると、辺り一帯が停電したようで、外は軽くパニックになっている。キリハは何かを探すようにして視線を動かしていると、窓の外を巨大な何かが横切った。


「っ…デジモン……!」


それは紛れもなくデジモンで。キリハは上着のポケットからクロスローダーを取り出し、社長室を飛び出した。


「キリハ君……!?」


ツバキにはキリハの呟きが聞こえており、昔ランカから聞かされた話が脳裏を過った。幼い頃に出逢ったと言うデジモンの話を。彼女がそんな作り話をするとは考えられないが、これまで半信半疑だったのは確かだ。しかしキリハの一言でそれは確信に変わり、それと同時にデジモンをこの目で見てみたいと言う欲求に駆られた。そしてツバキは数秒考えた後、キリハの後を追い掛けた。

一方のキリハは、相手が飛行タイプのデジモンということで屋上に向かっていた。突然の停電に加えていつまで経っても自家発電が作動しない為、廊下には困惑の色を隠せない社員達が右往左往している。それでも躊躇無く人の隙間を擦り抜け、エレベーターが使えない為階段を駆け上がる。幸い最上階に近いフロアだった為、屋上へは三階程階段を上がるだけで済んだ。いつもは開いていない筈の屋上の扉を開けると、外気が頬を撫で、伸びた金髪を揺らした。


「蒼沼キリハ君、君にヤツをハントして欲しい」

「っ誰だッ!」


突然背後から投げ掛けられた嗄(しゃが)れ声。振り返ったその先には、杖をついた老人が居た。深く被った帽子とサングラスにより、表情を読み取ることは難しい。


「なに、ただの時計屋だよ」

「…ただの時計屋が俺に何の用だ」

「ヤツ、サンダーバーモンが現在進行形で人間界に影響を及ぼしている。これは非常に不味い。そこでヤツをハントして欲しい」

「唐突だな。第一、ハントとはなんだ。何故デジモンが人間界にいる」


語尾を上げない口調で時計屋のおやじに問うキリハ。


「聞きたいことは山程あるだろうが、今はヤツをハントすることが最優先だ。捕らえ次第君の質問に答えよう」

「……」


時計屋のおやじが嘘を言っているようには見えなかった。街は突然の停電でパニックになっている。この現状を打破するには時計屋の言う通りにするしか方法は無い、とキリハは思考を巡らせた。


「……分かった、何をすれば良い」

「クロスローダーを掲げて「タイムシフト」と唱えれば良い。“向こう”で君の仲間が待っている筈だ」

「向こう…?」

「行けば分かる。…頼んだぞ、蒼沼キリハ君」


時計屋はそれ以上話す気が無いらしい。キリハは持っていたクロスローダーを見詰め、決心してそれを掲げた。


「タイムシフト……!」


そして彼にとって未知の世界となるデジクオーツへの一歩を踏み出した。それをツバキが目撃したとも知らずに。




これもまた運命なのか



------(12/12/06)------
一話で纏めようとしたのに…無理でしたorz このキリハサイドの話は私の妄想だけで成り立っています((





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